匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(辿り着いた薄暗いそこには、いくつかの長椅子や持ち込まれたらしいささやかな食卓のほか、ごくまばらな人影があるのみ。組み合わせは夫婦や恋仲の男女に限らず、お偉方と思しき微笑ましい家族連れや、密談をしに来たらしい身なりの整った男同士も見受けられた。しかしそのだれもが信頼できる身元であることは、あの老人……かつてはギルバート同様、大魔法使いと呼ばれた人物が、彼なりの判断基準に基づいて通したことから明らかだ。幸い、知り合いの姿は見当たらない。地上とは打って変わって物静か、加えて他所への興味を互いに差し向けない心地良い空間に、ギデオンもまたゆっくりと足を踏み入れて。──ちらちらと輝く星空の下、カラフルな魔法の明かりを背に振り返るヴィヴィアンの顔は、そのまっさらな幼さでそれらのどれより輝いて見える。いつかの船上の眩い光景、あれを目にした時と同じような感慨が胸に湧くのを覚えながら隣までやってくれば。それまで景色に感激していた彼女がふっと真面目な顔になり、数時間前と同じ疑問を口にしたのが左耳に届き。それまでの相手に倣い、手摺にもたれて賑やかな地上に視線を落としていたギデオンの目が、何もない中空を見やる。相手もそれなりに覚悟してここに来たことは、その声色から伝わっていた。どこへともなく目を伏せる──きちんと、話すべきだろう。)
……そうだ。シェリーの……師匠の、娘だから。おまえを大事にしたかった。
(好意を無碍にしておいて、それが相手を大事にすることに繋がるなどと。おかしなことを口走っているのは、自分でもわかっている。だが、どうすれば自分の思いが伝わるだろうか。選ぶ言葉に迷いながら、抱えていた紙袋を開け、水滴の浮いた冷たいビール瓶を取り出し。食事の入った紙袋は一旦足元に置くと、小瓶の一本を相手に渡し、己もゆるりと手に取って。既に屋台で開封されている瓶の口を唇のそばに合わせながら、ぽつり、ぽつりと思い出話を語りだす。どこを見るわけでもない青い目に浮かぶのは、過去の──在りし日の、彼女の姿。どんなに月日が経とうとも、あの真夏の太陽のような笑顔を忘れたことはなかった。弟子のギデオンを可愛がる親愛に満ちたそれも、母親としての穏やかな慈愛が宿るようになったそれも、ギデオンの胸には今もしっかりと残っている。だからこそ、それを裏切るわけにはいかないのだと。目を合わせない横顔は、罪の色に暗く翳って。)
おまえのことは、生まれる前から知ってる。……シェリーは、いつも嬉しそうに話してたよ。授かったのが娘だとわかってから、こんな服を着せてやりたい、一緒にこんなお菓子を作りたいと言って。おまえのことを心から愛してた。
それを知ってたから、シェリーの死を悲しみこそすれ……あのひとが命懸けで産んだ宝を責める気になんか、なるはずがない。……立派に育ったその子の人生を、俺自身で歪めるなんて、そんなのはもってのほかだ。
(/※酒が入っているのは蓋つきの紙コップ、としていましたが、風情と容量を考えて小さめの瓶へと変更いたしました。ご了承いただければ幸いです……!/蹴り可)
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