匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(女性としてはすらりと長身なヴィヴィアンだが、やはり性差というものはある。自分より大きな男に勢いよくぶつかられれば、受け止めきれぬのも当然のことで。押し流された相手を見てはっと立ち止まり、こちらからも拾いに行こうとしかけたが。どうにか無事に戻ってこられたのを出迎えれば、「大丈夫か」なんて当たり障りのない声をかけ。無事を確かめて今一度、目当ての店の方向へと向き直った──青い瞳を、ほんのかすかに見開いて。……原因はギデオンの左腕、おそるおそる縋り付くような控えめな感触があるせいだ。それをもたらす人間など、ここにはただひとりしかいない。立ち止まったまま前方の虚空を見つめていたのはほんの数秒の話だが、その間ギデオンの脳裏に自然と蘇ったのは、シルクタウンでのあの夜のことで。当時は努めて意識しないようにしていたが、あの時も彼女は、こうしてそっと触れてきた。それを受けて咄嗟に封じ込めたはずの、どうしようもない感情──本能的な、よくわからぬ欲のようなもの。相手を守りたいと、自分の手の内で無事でいさせたいと欲してしまうような、ひどく不当で不可解なもの。そんな想いが、この不意打ちのせいで、あの時よりも強く、明確に、自分の意志など無視して湧きあがりそうになってしまう。軽く視線を落としながら、それの促すまま、相手の華奢な手を緩く握ろうと、躊躇いがちに身じろぎする己の掌。しかし結局は寸前で、普段から稼働させている過剰な理性がほぼ条件反射的に発動し、しぼむ様に戻してしまい。「……危ないからそうしてろ、」と、彼女が控えめに取り縋るのをただ許すだけにとどめれば、何事もなかったかのように祭りの人混みの中を歩きだす。ギデオンがエスコートすれば幸いスムーズに行く手が開き、程なくして昼間のあの屋台に辿り着いた。どうやら夜は盛況のようだ。主人のほかに、その妻らしき浅黒い肌の美女や、アルバイトと見られる十歳ほどの少年も忙しく調理している。やがて順番が近づいてくれば、不意に顔を上げた店主が「お! あの時の!」と大変嬉しそうな顔をして。「最終日だから特別メニューも増やしたんだ、おまけもするから見てってくれよな!」なんて威勢よく宣伝されたので、傍らに立てかけられた黒板のメニューを見やる。通常のケバブサンドやタコスラップのほかに、伝統的な揚げ物であるファラフェル、グラタンに近いムサッカ、甘い蜜を絡めた焼き菓子バクラヴァなどが書き足されている。メインはさておき、警備の仕事も無事終えたことだから、ビールも頼んでしまおうか。普通の酒ならそう悪酔いしないたちだし、何より今夜これからを思えば多少は酒の力を借りたい──忙しない思考によって先ほどの自分の有様を無意識に忘れようとしながら、「おまえはどうする?」と隣の相棒に尋ねてみて。)
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