匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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(相手の言葉にこくりと頷き、以降はギデオンも完全な仕事モードへ切り替えて。ともに現場へと急行し、同じく駆けつけた他の冒険者と即座にチームアップすれば、あとはひたすら事態収拾に向けて奔走する。これほど大勢の人出があっては、逃亡犯の捕獲からして一筋縄では行かぬもの。それでも尚、カレトヴルッフとキングストン警察の名に懸けて、全員をお縄につける所要時間は半刻程度に収められた。しかし問題はここから先だ。被害の全容の確認、怪我人の手当て、荒らされた現場の復旧、悪漢どもの余罪の追及、警備体制の見直しと、兎角後始末が多い。己は今年こそ一般警備に回っていたが、無駄に年季が入っていることもあり、事後検証や詮議立てには顔を出さねばならない立場。気づいた時にはヴィヴィアンの姿を見失い、他のヒーラーと怪我人の手当てに行ったようだと周囲の会話から察した。……こればかりは仕方がない、適材適所というやつである。間違っても忘れぬよう、最後に交わした約束のことを脳裏にちらつかせながら淡々と仕事に当たれば、あっという間に日が落ちて。夜の帳が下りた街には、色とりどりの魔法灯が人々の影を和やかに揺らめかせる光景が其処此処で広がっていた。こうして平和を取り戻した建国祭も、いよいよ最終盤──数千発の花火の時間が、まもなく始まろうとしている。)
(着替える時間こそなかったが、半日走り回ったこともあり、最低限の身嗜みだけは整えようと薬屋に立ち寄った。とはいえ、臭い消しの魔法薬が入った小瓶を買い、全身に噴霧しただけではあるのだが。三十路を超えたら臭いにゃ重々気を遣え、とは先輩のホセの言である。やたらめったらトラブル好きで悪鬼とさえ呼ばれる男だが、色事などにおいては繊細に気遣う一面がある。去年の暮れだったか、まだ二十歳にもならぬ娘に惚れられて電撃婚を遂げたのだから、奴の助言は大いに活用するべきだろう。──なんだか、余計なことをやけに自然に考えたような気がして、誰がいるわけでもないのに気まずそうに顔をしかめ、ぐしゃりと横髪を掻く。息を吐き、小瓶を公共の塵箱に投げ捨て、東広場へ足を駆る。
建国祭最後の花火はキングストンのどこからでも観られるが、東広場は庶民の人気スポットだった。集合場所として指定するのはまずかったか、こんな混雑の中で長く待たせてしまったか、と心配しながら辺りを見渡せば。そう遠くない先にヴィヴィアンの姿を見つけ、ひとまずはほっと表情を緩めて。日ごろ鍛えている冒険者の連中は別として、大抵の人間はギデオンよりも背が低い。そう苦労することなく人混みを掻き分けて進み、夜風を受けていた様子の相手のそばにやってくれば、「悪い、待たせた」と声をかけ。その姿をようやく間近に眺めて浮かんだのは、身仕舞がなっていないというような冷淡な感想ではなく、今日も今日とて、ヒーラーとしての職務を果たすべくずっと懸命に働いていたのだろう、という温かな気づきだった。であれば、まずは一息つくのが先決と判断し、自分の黒い革財布を掲げて。)
……とりあえず、夜食を買って落ち着けるところに行かないか。流石に腹が減った。
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