匿名さん 2022-05-28 14:28:01 |
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……ああ、そうだな。個人的にも応援したいところだ。
(何の裏表もない、花が綻ぶような笑顔。それを間近に目撃すればますます気抜けしまい、首を傾けながら困ったように微笑を漏らして。もう3ヵ月近く前になるだろうか……シルクタウンから帰る馬車で見せたあの無垢な喜びようといい、ヴィヴィアンはやはり、幼子にも似た純真さの持ち主なのだと確信する。隣に座る彼女が今も、ポニーテールの先を楽しげに揺らしながら手拍子を鳴らす様を見て、不思議と胸が満たされる感覚が芽生え、目映そうに双眸を細めて。──そうしてご機嫌な彼女を眺めながらの昼食は、驚くほど美味な嘉肴に化けたものだから、思わず真顔で混乱に陥ってしまっていた。失礼な話ではあるが、初日のあの昼食以来、ギデオンは屋台料理にさほど期待していなかったのだ。原価いくらのごく大雑把な屋台飯だからか、或いは自分の舌がみすぼらしくなったのか。美味しさといったものをろくに感じられず、ただ食料を胃に詰め込むだけの必要作業と化していたのは、昨日までの6日間、どの店に行けども同じ。ギルドがスタッフ全員にまとめて奢る賄いなどやはりこんなものか、と早々に諦めをつけ、ただ飯を食らえるだけ有難いと思うようにしていたのだが。今はどうして、まったく違う。薄くももっちりしたピタパン生地が醸し出す小麦特有の仄甘さに、こんもり盛られたカトブレパス肉に染み渡る奥深いスパイスの風味。ナイフで削ぎ落されたその数々には独特の臭みがあるが、その味わいがいっそ癖になるほどで、程よく弾力のある歯応えすら口元を快く楽しませ。赤玉ねぎやキャベツなどの新鮮な千切り野菜にたっぷり絡まったサウザンソースはその甘辛さが丁度よく、真っ赤なスライストマトのぬめりは、サンド全体に更なるジューシーさをもたらし、すべての味と触感が絶妙に溶け合っているのを感じる。……こんなに美味しいものを食べた試しは、下手すればここ十年以上なかったのではなかろうか。だが、いったいなぜこれほどまでに。別にどこからどう見ても、取り立てて特別なところのない、よくあるケバブ屋のそれのはずだ。それは彼女に問うた後、言われたとおりに橋から三番目の店を確かめようと変わらず。客の行列ができているわけでもない、むしろ暇を持て余した店主がこちらにいる彼女を今もにこにこ眺めている始末。いったい何がどうして、この料理をここまで美味しく──と、最早完全に気が逸れていたために。ふと振り向いたときには、ヴィヴィアンが細く白い手を伸ばし、ギデオンの口元についたソースを、彼女自身の指で拭おうとしていたところ。我に返るや否や林檎のようにぼっと紅潮する彼女、ギデオンも思わず凍りついたままそのさまを凝視する。いっそそのまま当然のごとく拭いきってしまえば自然に流せたであろうものを、彼女の非常に初心な反応ひとつが、極限まで甘酸っぱい空気を一気に作り上げていて。いったいどれほど固まっていたのだろうか、『──以上、チーム:デューザ・ド・ゾルのパフォーマンスでした!』高らかに響くアナウンスの声にようやく顔を背けると、口元に拳を持っていき「……ン゛、」と咳払いを一つ。それで落ち着きを取り戻し、袋と一緒に渡されていた紙ナプキンで汚れを拭えば、「美味かった」と誤魔化すような感想を。そのままやや黙りがちに過ごせば、コンクールの順番は滞りなく進んでいき。魔法の炎が噴きあがる猛々しい演出を魅せつけながら、槍使いたちによる雄々しい舞踊が五番目のフィナーレを迎え。次の六番、幼い子供たちの微笑ましいダンスが終われば、いよいよヴィヴィアンが賭けたペアの番だ。先ほどのむず痒い窮地はお互い忘れようというように、ビラを軽く相手の膝に触れながら、「……そういや、なんでこいつらに賭けることにしたんだ?」ととりとめのない雑談を。)
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