三丁目のミケネコさん 2022-02-21 22:59:24 |
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「だろ?闇祓いの仕事は忙しいのに、時間を無理矢理作って駅まで見送りに来てくれたりもしたんだ。本当に、絵に描いたみたいに完成された人なんだよオレの兄様は。これで血統すら──。いや、なんでもない」
兄を褒められたことでつい口が軽くなり、要らぬことまで話してしまうところだった。続くはずだった言葉は、”血統すら完璧だったら、誰からも非などつけられなかったのにな”。母様の前の妻、つまるところの父様の前妻はマグルだったという。オレが生まれる前に事故に合ったので顔は写真でしか見たことがないが、純血とマグルのハーフなことだけがいつも兄様の評価を下げてしまっていた。でも兄様はとても優秀で、半分しか血の繋がりのないオレのことも大層可愛がってくれたから、純血主義がどれほど意味の無いものかをオレは知っているし、そんなオレにとっては雲の上の存在すぎて羨みすらできないほどの完璧超人なんだ。羨みはしない、ただ──、ただ。
(ただ、追い付けなければオレの価値は地に落ちる。父様は、純血が純血以外に負けることを決して許しはしないから)
古臭い考えでも、それを信じる者はそれなりにいる。特に魔法族は閉鎖的な傾向があるから余計にだ。純血主義であればあるほど、純血に対する期待も大きく膨れ上がる、父様は典型的なそれだ。純血でない兄様ができたのだから、オレはもっとできるはずだろうというプレッシャーは正直かなり大きいものだった。
「へ──、」
オレに失望した父様の無感情な瞳が向けられる想像が頭を過って、無意識に拳を握って力を込めていれば、不意なセシルの問い掛けに虚をつかれたように目を丸くしてしまう。
「あ──いや、不快に思ったわけではないから気にしないでくれ。その……壁が高ければ高いほど、乗り越えがいがあるだろう?オレも、セントリックの人間なんだからいずれ、必ずや兄様と父様に並ぶ男になるだろうさ。いや、なってみせる。兄様には、尊敬はしてもストレスなんて感じてないから大丈夫だ」
セシルの謝罪を慌てて止めれば、言葉に詰まりながらもなんとか絞り出して。とはいえ、オレにとってみれば本当に不意打ちもいい所の質問だったからしどろもどろで、嘘をついていることはバレバレかもしれないが。高い壁を乗り越えたいだなんて、自発的には思わないし、オレが兄様に追いつけるような存在になれるなんてもっと思えない。だが取り繕ってでも自信があるように見せなければ、家名を汚しかねないからそうするだけで。でも、後半の言葉は本当だった。兄様”に”対してはストレスなんて感じていない、オレを苛むのはいつだってセントリックと、父様だから。
「…………」
部屋の前で止まる足音が不自然に思えたのは、緊張のせいだろうか。まだ悪いことをしているわけでもないのに、知られて咎められそうな不安が胸中を支配して、首筋に冷や汗が伝う。紙の擦れる音を立てないように地図を丸めてローブのポケットに入れていると、なんとなくセシルも緊張しているのが伝わってきて、宥めてやりたいが上手い方法が思いつかなかった。
「…!?ちょ、」
ペトリフィカストタルスを掛けられる気分はこんな感じなのだろうかと考えていれば、突然セシルに腕を引かれてなにがなんだか分からぬままベッドに押し込められる。驚いて声が出そうになったが咄嗟に己の手で口を塞ぎ直し。
(な、え…!?なんだ、この状況…!?あ、いやそうか、部屋の前にいるのが見張りでも、扉を開けられれば起きていることを怒られそうだからか!いやでも、これ…、あ、セシルってよく見ると綺麗な眼をしてるな──って、そんな場合じゃないだろうオレ!)
片手で自分の口を押さえながら、もう片方では杖をギュッと握る。しかし、混乱でカチコチに固まった彫刻状態のまま散乱する思考に振り回され気味になって。ハグの距離感は慣れていても、この態勢からの距離には慣れているわけがない。外の存在か、セシルとの密着状態か、どちらに対して早鐘を打っているのかわからない心臓の音を聞きながら、口に当てていた手を外すとセシルのシャツを控えめに握り、見上げながら囁き声で問い掛けて。
「どうだ、まだいそうか…?」
折角校内探検に出掛けられるチャンスなのに、ここで躓くなんて冗談じゃない。ある意味での不安でオレは自身の眉が情けなく垂れ、瞳が揺れているのは気が付かないままで。
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