確執（〆）

…はい、おしまい。
（昨日までは警戒心が解けない猫のような瞳でこちらを見つめていたのに、一瞬の間に見えた相手の瞳はどこか期待で濡れていて。その瞳を見て加虐心に火が付いてしまうと、彼の期待に反して咥内に忍ばせようとしていた舌を引き、唇さえ離してしまい、淡々と終わりを告げて。）

…っ。

( あっさりと終わりを告げてしまった行為の後に残ったのは、苛立ちや嫌悪などではなく、｢もっとしてほしい｣という厄介な感情で、悶々とした気持ちと熱く冷めない身体を持て余す。なぜ恋人でもない自分に相手はこのようなことをしてくるのか。これが本当にただの悪戯だとしたら、どうしたらよいのだろう。しかし居てもたっても居られず相手に問いかけ。)

なんで、…こんなことするんだ…？

…蓮司さんのこと、気になってるから。好きな子にアタックしてるようなもんかな。
（頬を紅潮させたまま此方を見つめる相手の瞳には動揺が見え、心なしか弱々しい口振りも気掛かりで。心の内は、周囲から恐れ遠ざけられている彼の意外な一面を自分だけが知っている優越感、他人には渡したくないという独占欲で満ちており、これをどうオブラートに伝えようかと考えた結果出てきた言葉が上記で、アタックという言葉では済まないほど手を出してしまっていることに関しては自分のことながら困ったように笑い。）

順番おかしいだろ…。

( ｢気になっている｣は果たしてどういった類のものなのだろうか。好きな子にアタックするという相手の言い分には、物事の順序というものを知らないのかと溜息をつく。恋愛などに関しては1枚も2枚も上手な相手に、自分のような無骨な男が釣り合うとも思えないが、ここまでされては相手のことを気にするなという方が無理な話で。)

　

これが大人の恋愛ってやつよ。
（順番について指摘され、気まずそうに視線を逸していたのも束の間、恋愛経験がない相手に対する良い言い訳を思いついたと堂々と大人の恋愛について語り。首や腰に回していた腕を解いてのっそり起き上がると隣に腰掛け、先程までのおちゃらけた表情でなく真剣な眼差しで相手見据えて。）
俺は気になるからちょっかいかけるけどさ、それをなんだかんだ受け入れてる先輩の気持ちはどうなん？俺はそっちのほうが気になる。

…わかんねぇ。
わかんねぇけどっ、嫌じゃなかったんだよ。

( キスから始まる恋愛、そういうドラマがそういやテレビでやっていたような。全く興味もなくすぐにチャンネルを変えたのだが、まさにそういうのをオトナの恋愛というのだろうか。横に座った相手に視線を送れば、ふと真剣な眼差しと交差し、自分の気持ちを聞かれれば、何故だか高鳴る鼓動に一息つき、自分の中のぐちゃぐちゃな気持ちをどう表現すればいいのかわからないまま、正直に自分の思いを伝える。しかし確証も得られないまま、モヤモヤした気持ちに髪の毛をクシャッとかき乱し。)

恭典のこと、気になってるのか、も。

……俺達両思いじゃん。ね、付き合おっか。
（ちょろくて可愛い、が最初に思いついた言葉であったが誤って口に出してしまおうものならせっかく相手から引き出した言葉を撤回されてしまう可能性があるため口を噤み。少し間を置いてから、気持ちを整理しきれていない相手の前腿へぽん、と手を置きそのまま身を乗り出して耳の近くに唇寄せると、語尾にハートマークでも付いていそうな甘い声で囁きかけて。）

…いや、まだ気になるって言っただけで、好きとは言ってないだろ。そんな中途半端で付き合っていいもんなのかよ。

( 相手の口から出た ｢付き合う｣という言葉には、そんな簡単に付き合っていいのか分からず、第一お互い｢気になる｣とは言ったものの、｢好き｣という言葉は口に出していない。しかしながら、自分はおそらく相手に惹かれているのは確かで、それなら尚更適当に付き合ってはいけない気がして。)

せんぱーい…そんなんだから初キスが俺になっちゃうんですよ、わかりますかー？
（あと一歩、相手から肯定の言葉をもらうだけで彼を自分のものにできたかもしれないのに、となんとも言えぬ焦燥感に襲われ、すっかり抜けていた敬語をここぞとばかりに嫌味に使用して相手を煽った後、唇を耳殻に寄せてピアスごとがぶ、と強めに噛み付いて。）　
　

はぁ？
―…いっ…！
何すんだよ！

( 自分の言ったことは間違いではない、そう思っていたから尚更、相手の言葉に、目を丸くし喧嘩でも売られているのかと、若干イラッとしたのも束の間、耳に痛みが走り眉を顰め相手から思わず離れる。片手で耳を抑え、少しの戸惑いと怒りからじっと相手を睨みつけ。)

蓮司さんのこと他の奴に渡したくないから。…逆に、付き合うまでの間に俺が誰かに盗られちゃうかもしんないけど…いい？
（離れていった相手を追い掛けることもなく、心の内に秘めていた独占欲を顕にして淡々と言葉を吐き。上記の発言に対して、相手が自身を卑下する答えを返すのではないかと想定してこ、相手にも聞こえるようにはあ、と溜息を漏らした後、半分脅迫ともとれる言葉を重ね。）

……、わかった。
付き合うか。

( 相手の言葉には半信半疑なところがあるが、相手が誰かと恋仲になって、さっきまで自分たちがしていたようなことをしている想像をすると不思議と胸の辺りが痛む。暫く間が空いてから、ぼそっと呟くように了承の意を伝えると、どこかバツが悪そうに視線を泳がせる。)

　

…あは、…じゃ、今から蓮司さんは俺のものね。
（己と相手の好意のベクトルが異なり失恋する可能性がゼロではなかったため、返答を待つ間変に緊張してしまい目を伏せていたが相手から肯定の言葉が聞こえるとぱっと視線を上げて。空いた距離を埋めるために膝立ちでじりじり詰め寄ると、大きく腕広げて覆い被さり抱きしめようと。）

ちげーよ、恭典が俺のものになるんだろ？

( 肯定はしたものの、付き合うことについて頭の中で思考をぐるぐる巡らせる。ふと相手がじりじりとこちらに近寄ってきていることに遅れて気付けば、既に目の前で腕を広げている相手がいて、覆い被さるように抱きしめられれば体勢を崩さないようにし受けとめるような形になり。そして｢俺のもの｣宣言をされた事に対しては、逆だと強がって言ってみたものの、小っ恥ずかしいことこの上なく、言ったそばから顔に熱がこもる。)

そう。俺、先輩のもんだから好きにしていいよ。
（いつにない頼もしい発言に驚き、手を相手の肩に置いて軽く上半身逸し、彼の表情を確認してみると案の定、男らしい発言とは対照的に頬は紅潮しており。わざとそれに気付かないふりをして、意地悪に目を細め口角上げると、ずい、と顔を近づけて誘うように甘く囁いてみて。）　　　

( 強気に出たのが裏目に出たかのように、自分が不利な状況になっていることに気付かされる。好きにしていいと言われても、どうしていいのか戸惑うが、近くにある相手の綺麗な顔を見れば、自然と吸い寄せられるかのように再び相手の唇に口付ける。)

…ん、
（ゆっくりとした動作で唇が重なると、此方から柔らかいそれに吸い付きたくなるのを抑えながら、わざと受け身体勢でこちらからは何も仕掛けようとせず。肩においてあった両手は彼の首に緩く回して、リラックスした状態で相手が次にどのような行動に出るかを伏目がちに観察していて。）

…っ、

( 不馴れなのが分かるほどぎこちない口付けに、角度を僅かに変えたところで、その先どうしてよいのか分からず唇を1度離して、顔を真っ赤にしながら、これが精一杯であると訴えるかのように間近にある相手の顔を見つめ。心臓はこれでもかというくらいうるさく音を立てており、おそらく密着している相手にまでこの音が聞こえているのではないかと思う。)

…続きしてほしかったら、口ちょっとだけ開いて。
（角度を変え、再び唇が触れると自分のキスの方法を真似たのか、と密かに自惚れてしまい。己の片腕を首から下ろし、可愛らしく頬を染めたまま何か言いたげに此方を見つめる相手の下唇へ親指を添えるとふにふにとその感触楽しみながら指示を。）

ん…

( 続きをしてほしいと思ってしまうあたり、相手のペースにのみこまれていると思う。自分がこのような経験をすることになるとは。下唇に相手の指の感触を感じれば、指示された通り素直に口を薄く開けて、目を閉じる。)