ビギナーさん 2020-11-09 08:35:35 |
通報 |
>>3の続き
「『最後の命令は……』、えぇ?」
くじを引き直して、後藤が王様の命令を読み上げる。と思いきや、何やら問題が発生したようだ。
彼は首を傾げて、戸惑いを露にする。
「『この中で一番イケメンの奴が全員とキスしろ』ってきたんだけど……」
なんたる横暴。ついにルールを無視して、番号の指定がなくなるとは……後藤姉も最早後に引けないということか。
全員が顔を見合わせて、どうするか考えた。
「そもそも一番イケメンの奴って、誰だ?」
「多数決で決めようか」
ヤンキー男子の問いに、背の高い男子が意見を出した。まぁ、そうするしかないよね。他のみんなも賛成したので、急遽イケメン決定戦が行われた。
いっせーの、という後藤の掛け声に合わせて、俺は迷わず霧島を指差した。
「は? なんなのお前ら」
霧島が呆然とした声で言った。
無理もない。後藤を指差していた自分を除き、4人から指を向けられていたのだから。
「おめでとう、霧島。君はイケメンに選ばれたんだ」
「生け贄の間違いだろ」
友として心から称賛の言葉を送るも、霧島からは冷ややかな視線が返ってきた。
そんな殺伐とした空気の中で、不意に後藤のスマホが鳴った。
「あ、姉ちゃんからだ! 『キスできたら1人1万円ずつあげる』だって! 1万だぜ、1万!」
後藤が目を¥マークにしながら叫んだ。
同時に、俺たちの間に緊張が走る。だが、一瞬早く動いたのは霧島だった。教室から逃げ出すべく、出入口へと駆けていく。
「おっと待ちな!」
「っ!」
その前にヤンキー男子が立ちはだかる。
2ヶ所ある内の出入口を1ヶ所塞がれた。ならば当然、残された出入口を目指すだろう。
霧島の行動を読んで、後藤がもう片方の扉の前に立った。退路を断たれた霧島が忌々しげに舌打ちする。
「……卑怯な奴ら」
「金のためですし。てか、霧島だって王様ゲームに参加してたんだから自業自得では?」
俺の正論に対し、霧島は鼻で笑いながら、
「俺は他人を犠牲にして金を得たかっただけ。自分が犠牲になるのは御免こうむる」
うわ……何その自己中クズ発言。
顔はなんか芸能人の……名前忘れたけど、男性アイドルの人に似てるのに。やっぱり、人間は顔より性格だよね。
ふと視線を感じて、ヤンキー男子のほうを見る。
早くやっちまえ、と口の動きだけで訴えていた。
彼に頷き返して、ターゲットへと狙いを定める。大丈夫。4対1で、こちら側が圧倒的に有利だ。
「お前らだって本当は嫌だろ? 男とキスすんの」
「金のためですし」
「正気……なわけねぇか」
はぁ、と霧島が目を伏せてため息をつく。
俺とのっぽ君で挟み撃ちにすれば、確実に勝てる。
静かに呼吸を整えて、じりじりと間合いを詰めていく。追い詰められた彼奴は、すっと片足を後ろに引いた。
「――へ?」
思わず間の抜けた声を漏らす。それとほぼ同時に、霧島に脇腹を蹴り飛ばされた。警戒を怠ったせいで、綺麗にカウンターを決められてしまった。
俺の体は、教室の机に激突して倒れた。
「ぼ、暴力はダメだよ!」
のっぽ君がおどおどしながらも、霧島に立ち向かう。ぐるりと振り向いた狂戦士の黒い瞳が彼の姿を捉えた。まるで蛇に睨まれた蛙のように、のっぽ君が身を固くする。だめだ、このままだとやられる!
案の定、霧島は躊躇なく右腕を振りかぶった。
「あぶねぇ!」
「霧島ストーップ!」
仲間のピンチに、ゲートキーパーの二人も援護に駆けつける。そして、二人がかりで霧島を取り押さえようと飛びかかった。
その瞬間、奴は同じ人間とは思えないような笑みを浮かべた。
床を蹴り、斜め前へジャンプした霧島はヤンキーの顔面に掌低を打ち込む。鈍い音が響き、ヤンキー男子が後方へよろめいた。続いて、組み付こうとしてきた後藤も回避し、首の後ろに手刀を叩き込んだ。
「ぐはっ!」
「んぎえっ!」
バタ、バタと二人が床に倒れた。
自分が攻撃されると思っていたのっぽ君は、不思議そうに佇んでいた。
「え? な、なんで?」
「クソ、フェイントだったのかよ……」
床の上で仰向けになったまま、ヤンキー男子が呻く。
俺はどうにか体を起こしながら、悪役に声をかけた。
「ねぇ、あの、ちょっと……降参しますんでもうやめてください」
「は? 何? 聞こえない」
「降参!」
「殺して?」
ちがーう!
降参、降参、と立て続けに声を張り上げると、突然教室の戸が開かれた。
「誰かいるの? ……って、きゃあ! 何があったの
!?」
そこには、眼鏡をかけた若い女性が立っていた。音楽の高橋先生だ。教室の惨状に、悲鳴をあげている。
とりあえず、ヤンキー男子と後藤を保健室で運んでから、先生に経緯を全て説明した。
結果、暴力行為を潔く認めた霧島は謹慎処分となった。他は反省文を書かされた。
これが、目先の欲にとらわれた愚者たちの末路である。
ちなみに、後藤姉は王様ゲームをネタになんとか原稿を仕上げていた。読者からは、なかなかの好評だったらしい。
トピック検索 |