ドクターのアフターストーリー《〆》

その理論に俺が巻き込まれる日が来るとはな。 …、呪文みてぇな名前の奴しかないのか？
(何度も聞かされた相手特有の理論に一理ある所もあれば言い返す事も出来ず、諦めたように言葉零し。 如何にもな作りのケーキ屋の見た目と客層に思わず一瞬足止まるも置いていかれた方が入りにくいと相手追うように店内に入り。 真剣に品定めを始める相手の視線追って自らもショーケースの中身覗くもケーキ屋に殆ど縁がない身とすれば横文字のケーキ名が異世界の呪文にしか見えず判断がつかなければ眉顰めながら相手にだけ聞こえる小声で呟き)

いつもドイツ語を読んでいるだろう。ちゃんとそれぞれ意味がある名前だ。チョコレートを使ったものかフルーツの味が強いもの、どっちが好きだ？
(文句を言いつつ結局着いてきた男が隣に並んだ気配がしてちらりとそちらを見やる。男の中でも背が高い相手がその身を屈めて困惑した表情を浮かべているのはこの場にいる場違い感にさらに拍車をかけていて思わず笑いを漏らしてしまった。確かにケーキの名前は英語もフランス語も混じって分かりにくい、ここは自分が選んでやろう。自然と足が動き、一歩相手の方へと近寄るとより近い距離でショーケースと相手の顔を交互に見て)

っ、何笑ってんだよ。 チョコレートの方が好みだ
(慣れない場で悩んでいる最中に誘った張本人が笑ったのに気付けばからかわれた様に感じ、自分でも場違いな自覚があるのか抗議含んだ睨み効かせる様に相手に視線送りながら指摘して。 自らに距離詰めた理由分からずとも助け舟の様なひとまずの選択肢出されると自分で何もない状態で選ぶよりもマシだろうと好みの方を答え、選択肢委ね)

いや、お前が顔を顰めているのはよく見たが、ケーキに困惑する姿を見ることになるなんて思ってもみなくて、つい。それならフォンダンショコラとオペラとザッハトルテ、あとはチョコブラウニーでいいか？
(こういう顰めっ面を見る時は大概互いを睨み合う時だった、それがこうやって全く違う場面で同じ顔を見れたことが新たな一面を知れたようで嬉しい。チョコレートの選択を聞けばさも当然というように4つのケーキを全て注文しようとし、それを聞いた店員は既にトレーに乗せる準備を始めていて)

こんな所に連れてきたお前のせいだろ。 おい、 誰がこんだけ食べんだよ
(自らの表情の変化を観察されていたことに気付けば困惑している場面を見られた羞恥と一度は会うだけでピリピリと睨みを効かせていた相手とこうして友人の様な会話をしている現状に全て相手の所為にしてしまえばぷいと他所に顔背け。 注文を委ねた手前、発せられた商品名とショーケースの商品照らし合わせながらも4つのケーキを注文しようとする相手に思わず声あげ、2人で食べるにしても1人で2つのケーキを食べる様な量に怪訝な表情浮かべれば制止する様に声あげて)

……そうか、俺のせいでお前はそんな表情をしているのか。ん？誰がって……チョコレートが良いと言ったのはお前だろう。全部お前の分だ。俺はショートケーキとスフレ、タルトタタンとシュークリームでお願いします。
(｢拗ねた｣とアピールするため顔が背けられる、それがその体に似合わず子供っぽくて笑いが引っ込むことはない。そうやって怒った顔をする癖に決してこの場から去ったりしない捻た優しいところも、彼に目を奪われる要因のひとつのように思う。だがケーキの件に関しては怪訝そうな顔を浮かべられこちらも怪訝な顔を浮かべた。普段ケーキはホールで食べている、たった4つなど少ない方だ。当たり前のことを聞くなと言いたげな顔を向けたあと自分の分の4つも注文してしまい)

そんなに面白いかよ…。 俺はお前と違って甘党じゃねぇから1つで十分だ。 …余ったらお前が食えよ
(顔背けたものの視界の端で笑いを見せたままの相手に居心地悪そうにぽつり吐き捨て。 甘党である事もケーキを良く食べる事を知っていたものの実際に平然とした顔で4つか1人前だとさも当然のように告げる相手が更に自分の分と4つの商品名あげる様子に信じられない物を見るような表情で反論し。 ふとこちらの会話を伺っていた店員が困惑した顔を浮かべてることに気付けば今更ショーケースに戻してくれとも言い出せず諦めたように言葉吐けば懐から財布取り出し会計行おうとし)

面白いと言うよりはお前の……お前の糖分摂取の為と言ったのに……会計はいい、俺が払う。俺が誘ったんだからな。
(口元が緩むのと同じく心もつられて緩んでしまったのか、不意に踏み入ったことを口にしてしまうそうになって間際で言葉を止めた。軽く咳払いをしてその場を有耶無耶にすると、相手用には甘さが控えめなオペラを宛てがうことにして、残りは持ち帰りの箱に詰めてもらうことにする。2人分の珈琲と自分の分にはフォークだけでなくナイフを付けてもらうよう注文したあとふと隣を見れば相手は懐から財布を取り出すところで。それを首をふって止めた後に自らも財布を取りだし)

お前の糖分補給の仕方が異常なだけだ。流石に年下に奢られるほど落ちぶれてねぇよ、お坊ちゃんは素直に奢られとけ
(中途半端に止められた言葉に気になる様な視線送るも咳払いで有耶無耶にされてしまえば突っ込むのも野暮だと素直に流し。流石常連というべきか手馴れたような注文の仕方の中で律儀にナイフを要望する相手と其れを見越したようにナイフが添えられる店の対応に思わず口元緩み。財布を取り出した相手を牽制する様に年下を強調すれば強引に連れてきた仕返しとばかりに挑発的な台詞吐き、手早く会計済ませてしまい)

俺はきちんと一日の摂取量を計算して……なんだ、何がおかしい。とりあえず感謝する。テラス席に行くぞ。
(確かに甘いものは好きだがそれを異常と言われる筋合いはない。咄嗟に文句を言おうと相手に向き直るもその顔に浮かんでいたのは見慣れない微笑みの顔。先程自ら近寄ったせいで至近距離で見るその笑みに反応して胸が痛くなるほど強い鼓動が脈打たれた。その刹那に相手の笑みに釘付けになるのを頭を振ってなんとか引き剥がすと店員からケーキと飲み物が乗ったトレイと箱詰めされた持ち帰り用とを受け取って素早く背中を向けテラス席にむけて先に歩き出し)

いや、何でもない。 …ああ、あの辺にするか
(こちら向き表情指摘された事で漸く自らが笑みを浮かべていることに気付けばらしくも無い表情をしたと視線反らして直ぐにいつもの仏頂面に戻し。 会計済ませる間に2人分のケーキとコーヒー載せたトレイを受け取りさっさと背中向けテラス席に向かう相手に何か機嫌を損ねたかと誤解するも女性客の多い中で奥の方に一つ空席を見つければその場所提案し)

あぁ、そうだな。
(相手に提案された空席は適度に周囲と距離が保たれ込み入った話をしても問題なさそうだ。目当ての席につくと相手の分のケーキと珈琲とを向かいの席に置き、自分の側には4つのケーキと珈琲、フォークとナイフを置くと席に座る。相手が席に座るのを待ちながら、まずは何から食べようかと思案していて)

…何度見ても凄い量だな。
(相手の席の向かい側の席に座れば若干周りからの視線気にしながらも自分と相手の置かれたケーキの皿数の違いにぽつり呟き零し。 手術前のような真剣な様子で悩む様子が面白く感じれば再び口元緩んでしまいそうになるの隠すようにブラックのままのコーヒーを口にして。)

俺は日に何件も手術が入る。そこで消費するカロリーを計算すればこれでも足りないくらいだ。……そもそもお前は甘いものを食べられるのか？
(まずはタルトタタンか食べることにきめ、フォークとナイフの先をス、と上へ向けると素早くナイフを動かす。そうしてやればタルトタタンは崩れることなく美しく小さなひとかけへと切られ、フォークでそれを口に運んで。珈琲に何も入れない所をみれば、それが誤魔化しだとは気が付かず、こちらの好みを押し付け過ぎたか心配になって、僅かに眉尻を下げながら伺うように聞いて)

そうか。 食べられなかったらここまで来ないだろ。……悪くねぇな
(天才外科医と名高い相手の手術のおかげで生きている。似たような手術を何件を行っていると改めて聞けば尊敬こそすれど表に出す素直さもなく短く相槌打つだけで。手術の様にナイフでケーキを切る様子を眺めながらコーヒーをテーブルに置いた所で伺うような視線と交わればぶっきらぼうに答え返し。フォークでオペラを1口大に切り分けそのまま口にすれば久しぶりに味わう上質な甘味に自然と口角上がり満足気な感想零し)

……そうか。お前は……CRに帰って来る気はないのか？
(甘いものが嫌いなら来ないと至極当然のことを返されれば、それもそうだと目線を伏せる。こうも思考が鈍るのはやはり糖分不足ではないかともう一口ケーキを運ぶ間に目の前の顔は仏頂面から満足気な笑みに変わってまた心臓が跳ねたのが分かった。目の前の男がむすくれたり笑ったり、たったそれをするだけでこんなにも自分の感情が揺さぶられるのを嫌でも痛感する。そして気がつけば答えの決まっている質問を投げかけてしまう。その問いには半分戻って来て欲しいという願いが込められていて)

…無いな。 これからゲーム病の治療法が確立したとしても、俺があの日グラファイトに負け、お前の恋人を消滅させてしまった事は変わらない。
(今日一日強引に誘ってきたと思えば伺う視線を向けてきたりと挙動不審な行動が目立つ相手の行動を疑問と思いながらスルー続けてきたも不意に問いかけられた提案に思わずフォークを持つ手が止まり。直ぐに首を左右に軽く振り否定すれば淡々と自らの罪とその頃からのけじめを語って強い意思を伝えつつもケーキ切り分け。 少し前であれば絶対に言わないであろう事を口にする相手の表情を見れば何かが揺らぎそうな気がして、視線を僅かに伏せたままもう一口ケーキを口に運び)

そんな俺は……！それ以上に酷いことを仲間と、お前に………お前の笑顔を奪ったのは、俺かもしれないな。
(過去のことなどどうでもいい、と言うにはあまりにも様々な事がありすぎた。長い時間自分が彼を仇のように扱っていたのも事実、そして自分の信念を忘れ一度仲間を裏切ったのも事実だ。少しの迷いもなくCRへ戻ることを断られると目を伏せ顔色が沈んでいく。この状況を作り出したのは他でもない自分の選択だと言うのに。自分の罪をひとつ告白するかのようにポツリとそう呟いたあと、シュークリームを綺麗に四等分切り分けて)

お前は俺の命の恩人だ、それで十分だろ。 …奪ったと思うなら、これから返せばいいんじゃねぇか
(ずっと恨まれていた事も檀正宗の元で指示に従った事も自分の立場では何も言うつもりはない。寧ろ恋人の復活の可能性を捨ててまで命を救ってしまった相手に不服など無いにも関わらず自らを責める姿がかつての自分と重なる所があれば視線あげ、顔色の悪くなった表情見つめ。 真っ直ぐな相手に在り来りな慰めをかけてもずっと背負い込んでしまう事が今までのやり取りで予測出来れば自ら落ち着かせる様に小さく息吐けばいつもの様なぶっきらぼうな口調でこれからも相手と関わるといった趣旨の言葉告げて)

返す………分かった。じゃあこれまでの分を返させてくれ。CRはエム達に任せて俺はお前の診療所でゲーム病の治療にあたる。ひとつくらい部屋は空いているだろ。
(もう終わったはずの話題を蒸し返してしまったことに後悔も感じ初めていた最中、相手にこれから、の話をされて暗くなっていた顔をあげる。それは相手に近くに居ることを許されたようでもあって、嬉しくもあり、そして安心もする。奪ってしまった時間、笑顔、それを取り戻す方法は正直分からない。治療以外で誰かを笑顔にするなんて検討もつかないが、失った恋人のことを振り返るなら、その答えは側にいることと、そしてその相手を見つめることのように思う。決意を決めたように目に力が戻ると花家医院を手伝うことを申し出て)