甘き果実を食んで、　【〆】

▼「堕落」の悪魔
女王様気質／拷問好きの上級悪魔／元は弱小／提供Cに堕とされていく

▼仮初の名／ダイア・クルス（Dia Cruz）――ヨーロッパで聖職者を襲うようになってから名乗りはじめた人としての名。
悪魔として覚醒してから獲得した本当の名はディアフソラ（Διαφθορ?、堕落の意）。彼女以外にも堕落を司る悪魔はいるが、現時点で最も高名な堕落の悪魔は彼女であるため、自然に彼女のみを指すものとなっている。

▼概要／紀元前８世紀から紀元前１世紀ごろ、「堕落」を司るモノとして生まれついた女の悪魔。その両方の特性から、一般的には淫魔と呼ばれるような悪行を働くが、実際には堕落全般を扱っており、人間の男性を色欲の罪に溺れさせるのはあくまで最も得意な分野というだけのこと。時には西洋の騎士たちを沼に引きずり込む水妖に、時には東洋の帝を狂わせる傾国の美女になり、世界中の男たちの魂を貪ってきた。禁欲につけ込んで堕落させ、おまえの信者の信仰心などこんなものだと「神」を嘲ってやることが快感であるために、近年は聖職者の魂を喰らうことが多い。
「あらあら、なんて情けない騎士様だこと。英名を轟かせたガスコーニュの勇者が、ふふ、こんなに蕩けきった顔で盛りの牡犬のようになって。ほら、もっと可愛くお鳴き？　この私の火であつぅく焼いた鉄の首輪が欲しいのでしょう」
「ねえ帝、私、あの春宮妃が気に入らないわ。だって私からあなたを奪おうとするんですもの。私たちの愛は永遠、そうでしょう？　南部の州には若い娘を大きな七輪にかける料理があるそうじゃない──彼女の御父上もおいでになる今度の園遊会で、私、食べてみたいわ……」
「私の望みを叶えられない出来損ないの下僕は要らない。おまえは愛するに値しないわ。野垂れ死ぬなり好きにおし、二度と私の視界にその汚らしい姿を見せないで」

▼容姿／背中まで伸ばした波打つ髪は、幼いころ──怯えていたころは薔薇色だったが、悪魔として覚醒した今は血のような深紅色に（※彼に怯えると再び薔薇色に変じることがある設定）。ややカールした前髪は真ん中で分けている。
猫に似た瞳は琥珀色で、悪魔の力を使う時はひときわ強い黄金に輝く。その悪魔の力を強めるため、瞼や目じりには暗赤色の化粧を少々。黒い睫毛は雨粒が乗るほどに長く、左目の傍にはごく薄い泣きぼくろがひとつ。彼女の白い肌にはそこ以外一点の染みもない。口元こそ小さいが、唇は勝気な弧を描く。手足の艶やかでやや伸びた爪はすべて、黒く塗られているようだ。
男を誘惑するために成熟した美しい女性の姿をとり、折れそうな細身ながらも女の豊満さは充分。腰から尻にかけてのラインは視線を吸われた哀れな男を酩酊させるほどのもの。
この人に化けている力が少し解けるか弱まるかすると、瞳孔が縦に細くなり、黒く節くれだったヤギのような円形の大角が両の側頭部に生じ、素肌にはいくらか鱗のようなものが浮き立つ。尻から生える黒い尾の先の房は男を誘惑するのに使うこともあるが、尾の根本の辺りは触れられることに弱い。
人間でいる間、彼女は闇のように黒くふくらはぎまでを覆うシンプルなドレスを身にまとい、華奢な脚も薄黒いタイツに覆われている。袖のありなしは季節次第、ある場合袖口はやや華やかな黒のフリル付き。首元には装飾のない細い金のネックレスをつけているがこれはあくまで飾り物。同じく黒いヒールはやや高めで、これにより平均より少しだけすらりと背の高い女性である。外を出歩く際には肩に羽織る形で使うヤギの毛皮の外套と、黒薔薇の形をした髪飾りから流れる小さな黒いベールを着用。
これが本性を晒すときとなると、その時々により詳細は異なるが、やはり黒を基調とした、しかしはっきりと露出の多いものになる。

▼持ち物／唯一の持ち物が、小さな鉄の鋏。生まれ落ちた時から所持しており、他人も扱える実在する物質だが、彼女は自分の衣服や肉体のどこからともなく取り出したりしまったりすることができる。
これは彼女がまだ弱かったころ、人魂を肉体から切り離すのに使用していたもので、それ以外の魔力的な性質はない（彼女に付属する品であるため、彼女自身が使わなければ仕様は普通の鋏である）。上級悪魔となった今は道具に頼らずとも魂を喰えるようになったが、どうやらお守りとして手放せないままのようだ──というのは真実の一部にしかすぎず、実はこの鋏が人の世に降りている際の依り代であり弱点でもある。
すなわち、この鋏を瘴気に当てれば力が漲り、彼女への害意ある魔力に晒せば傷つき、聖水に浸せば弱り、金の十字架の輝きを当てれば火傷し、清らかな火で融かせば彼女は消滅してしまう。このことは彼女自身すら知らず、ただの使わなくなった古い道具と考えているようだ。

▼特色／強力になってからは多くのことを成し遂げられるようになったが、なかでも彼女は己の魔力による火を好む。下僕たちへの拷問も火を扱うものが多い。黄泉にて幼く孤独だったころ、彼女は松明に火を灯してそれを虚ろに見つめ、苦難に耐え抜こうとしていた。彼女の火は彼女の友であるともいえる。

▼設定および性格／地獄に生まれ落ちてからしばらくのいわゆる幼少期はまだ力が弱く、乱暴・嘲笑・蹂躙・侮蔑・裏切りなどありとあらゆる悪意が跋扈する悪魔の世界では、上級悪魔らがいいようにいたぶって遊ぶ玩具であった。このため、「蔑まれ」「嬲られ」「虐められ」「服従させられ」、常に「自分を害するものにひどく怯えていた」のが彼女の原初の姿である。
「お願い、やめて、言うことを聞くから──酷くしないで、いや、やめて！」
「ごめんなさい！　ごめんなさい！　こんな私でごめんなさい！　許してください、許し、あぁ、やだ、やだやだやだやだ……」

同族に虐待される日々の中で次第に知恵と力をつけていき、ある日自分をいたぶる上級悪魔を「堕落」させて従わせたのが今の彼女の始まり。自分をあんなにも虐げていた相手を初めて虐げてみせた瞬間の衝撃は計り知れないものであった。以降、「これ以上迫害されるのはもういやだ」という怯えから始まったはずの反撃は、次第に「相手を堕落させ、いたぶっているときの自分が好きだ」「これが本来の私の在り方だ」という感情から発するものへと変わっていく。
成熟し人の世を自在に駆ける現在の彼女は、弱さを捨て去り、己の強さと美しさへの深い自信から傲慢にすら振る舞うようになった。悪魔なので欲も多く深い、雲のような寝台と甘い美酒、汁の滴る果実をもてなされて当たり前だ。ないというのならその辺りの男を下僕にし、命尽きるまでほうぼうを駆け巡らせ捧げさせるだけのこと。
普通の男はただの下僕だ、自分が喰うに値するのは「強かった」男の魂だ。甘い言葉や巧みな駆け引きで男を誘惑し、彼の意志で誓いや貞操や信念を捨てさせ、甘い快楽を味わわせて「天国に昇らせ」てから一気に地獄に叩き落とす、そんなやり方が最も好みだ、強かった者が己の弱さの招いた有様に絶望して顔を歪めるのがたまらなく愛おしい。その最終的な勝利のためなら、一時の演技など苦でもない。傲岸不遜さや鷹揚さはなくならないが、ある程度は柔軟にも振る舞ってみせよう。
ただし──弱かったころの己に戻ることを、彼女は最も恐れている。あの頃の自分に戻るのは嫌だ。私は強く美しく、何者にも虐げられない存在でありたい。だが、弱く虐げられていた時の姿もまた彼女の真の姿ではあるのだということに、彼女は未だ気づいていない。

▼備考／「教会から追放されて尚、廃教会に身を寄せて奉仕している聖職者の男」がいると聞きつけ、それほどまでに厚い信仰心を堕落させてやるのはどれほど甘美なことだろうと提供Cの元へ。だがそこにいたのは、神を信じてなどおらず、悪魔であるはずの己に蛇のような愛情を絡みつかせる酷く不気味な男だった。
かつては蹂躙してきた上級悪魔すら跪かせた己が、ただの人間である彼に恐怖させられ、奉仕と見せかけて支配され、屈服する──それは過去にやっと捨て去った己の姿だというのに。人間への見せかけではない愛などありえない、増してや強く美しい自分をいたぶる者へなど。そう思っていたはずが、喰うつもりだった男の魂の力強さに魅入られてしまいそうなことを、彼女はなかなか認めようとしない。