ポタリ、ポタリと赤い滴がきらびやかな絨毯を染め上げていく。苦しげな呼吸音。膝を折り、片腕で倒れそうになる体を支え、もう片方は貫かれた腹部を抑えていた。しかし、溢れ出す赤い液体は止まることを知らない。恨めしげに睨みつける男の口からは一筋の赤いものが流れていた。体を支えている手の指には獅子を象った指輪が鈍く煌めいている。
男は腹部からの激痛を堪えるように荒い呼吸を繰り返し、滴り落ちる血の量から反撃をする力すら奪われていた。しきりに男が睨むその先には、冷ややかな視線を送る人影。触れれば折れてしまいそうなほどに細い体躯をし、太股まである長い髪は燃えるように赤く、癖が強い。睨む男を見下ろすその双眸は、まるで宝石のように透き通った翡翠の色。感情の見えない瞳の女の左腕は、見事に肘から下が赤く染まり、指先から滴を滴らせていた。
『な、なぜ……だ……っ。リサラっ……』
男には理解できなかった。自分が置かれている状況を。目の前に立つ女は、つい今しがたまで男の傍を離れず従っていた。しかし、男は女の手によって致命傷と言っても過言ではないほどの深手を負っている。止血をしなければ、確実に待っているのは『死』だ。男の死へのカウントダウンは始まりつつある。
『もう一度、問う……っ。なぜ、だ!』
いつまでも返答をしない女に、男は声を張り上げた。激痛と出血で意識が朦朧としていくなか、それでも微動だにしない女に答えを望む。どうしてこうなったのか。なにか理由があるに違いないと、裏切りを見せた女をそれでも信じようとしていた。
『まるで私が貴方を裏切ったかのような言い回しだね』
女は淡々と口にする。ゆっくりと男に近づいて視線を合わすようにしゃがみこんだ。そうして首を傾げると不可解そうな表情を浮かべる。
『おかしいな。裏切ったのは私ではなく、貴方自身ではないか。私は貴方に力を与え、そして望む地位も与えた。なのに、貴方は道を示すことを怠った。非があるとするならば、貴方自身だ。これは自業自得というものだよ』
女の細く白い指先が、スッと男の手に伸びる。女が触れたのは男のもつ獅子を象った指輪だ。
『だから返してもらうことにした。残念だけど、これが私の意思だよ』
そう口にすると女は、スルリと男の指から指輪を抜き取った。瞬間、男の身体が不自然に発火し、あっという間にその炎は男を包む。悲鳴をあげることができても、のたうち回る体力を持たぬ男は、そのまま身体を折るように絶命した。その光景を感情のない瞳で見つめていた女は、興味を無くしたかのように抜き取った指輪を自身の細い指に通す。
『やはり人間には過ぎた代物のようだ』
女は指輪に軽く口づけをして、手を翳した。窓から差し込む陽の光に照らされて、指輪がキラリと煌めく。くすみがかった指輪は、価値の知らぬ者が見れば単なるガラクタだ。それでも欲する者が存在する限り、この指輪に価値はあるのだろう。翳した手を戻すと女は、何事もなかったようにその場から姿を消した。男の焼死体を残したまま……。
※こちらは前に建てていたものを一部修正を加えた再建となります。