罪 2019-01-12 17:26:13 |
通報 |
>>榊
(今までの経験から、自分は口が上手ではないと思いつつも彼の為にない語彙力を必死にめくって探した言葉。その言葉に彼は何も言わないが、彼の瞳が物語っている。春の透き通った湖水に小雨が波紋を作るように、言葉を受け止めてくれる度にチカチカと半透明な光が広がる様だ。いつまでも見てしまいたいと切に願うが、それはひょい、と彼の軽い動作ひとつで手元から離れていったファイルに掻き乱され、「あっ。」と随分気の抜けた一文字しか声に出なかった。そして自分へ渡したいもの、と手渡された紙袋を受け取った時も気の抜けた顔をしていたと思う。最初はまた食べ物を作ってくださったのか?と内心ワクワクしながら紙袋から出てきた小ぶりな箱を見るといつの間にか張った食い意地も驚いて腹の底へ帰っていった。箱の大きさからなんとなく中身が予測できてしまうが、いざ箱を開けてみるとその中に鎮座している腕時計に、やはり息を飲む。「…これを、自分に?」恐る恐るその腕時計を手の平に乗せて、また散り散りになった語彙力で何とか質問をする。彼の洞察力は鋭敏なので、きっと自分の左腕から前の腕時計が消えた事に気付いていたんだろう。その事にまず嬉しく思う。どこぞの村娘にでもなった気分だが、そんなことを考えている余裕は今はない。シンプル且つ機能的。しかし決して安い買い物ではない。到底物の鑑定などできないが、それの良し悪しくらいはわかる。いや、鑑定など到底できない者にでも良いものとわかる品だ。飾り過ぎず、余白の中に美を見出すそれは、彼の落ち着いた大人の優美さと酷似し、これは彼が選んでくれたものなのだと改めて実感する。胸の奥がきゅう、と締め付けられるように痛くなった。「…俺がいただいてもいいんですか…?」手の中で秒針が時を刻む音より鼓動が早く鳴る。感謝、自惚れ、驚き、恋慕…頭の中がキャパオーバーだ。いや、心臓が持たない方が先だろうか。しかし、彼の微笑みに自然と笑みがこぼれ、「ありがとうございます…!大切にします。」と感謝の言葉を。)
トピック検索 |