小説家 2018-11-29 01:25:00 |
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──…(相手の頬を涙が伝うのを見て一瞬、嫌に心が軋むように揺らいだが、一度発した言葉を無かった事にする事など出来なかった。ましてや引き止める事も、謝る事も出来ず彼が部屋を出て行く姿を瞳に留めること無く視線は原稿へと。玄関の引き戸が静かに閉まる音を遠くに聞き乍視線は相変わらず原稿に落としたまま筆は一向に動かなかった。其れからどれくらい経っただろうか、数行の文章は愚か、一文字さえ紙にしたためる事が出来ないままようやく筆を置き、頭を抱えた。)……どうして、…何一つ、浮かんできやしない──…(苦しくて堪らない、数日前まではあれ程湧き出すようにして紙に綴っていた言葉が、情景が、一切枯渇してしまったかのように終ぞ一文字さえ書けなくなってしまったのだ。物書きとしてこれ程辛く恐ろしい事があるだろうか。無理やりにしたためた話の一部があまりに無機質なことは自分でも分かっていたが、改めて告げられた魅力が無いという相手の言葉が突き刺さり、抜けずにいて。もう二度と何も書けないかもしれないと、その手は小さく震え。気付けば辺りは暗く、冷え込みが厳しくなってきた。ようやく朝座った時振りに立ち上がり自分の箪笥から煙草の箱を取り出し、その一本に火を付けてゆっくりと煙を吸い込んだ。煙草に関しては口煩い相手に見つからないようにと密かに一箱だけ隠し持っていた煙草、窓際に寄り外を見つつ暗い部屋に薄らと紫煙が立ち昇り。)
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