小説家 2018-11-29 01:25:00 |
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──…そうかい、其れは何より。
(手にしたお椀の中身に視線を落としたままに聞いた相手の返事は、その声色だけであっても成功したのだろうと察しが付くほど柔らかなもの。あれほど見合いを嫌がっていた相手がここまで楽しそうに話すのだから、さぞ素敵なお嬢さんだったのだろう。箸を止める事なく相手の話を聴きながら、途中から話の内容はあまり頭には入ってこなくなり、ただ相手はじきに此の家を出て行くだろうという思いは確信に変わっていて。祝福の言葉を述べるべきだったのだろうが、ようやく開いた口から紡がれたのはひと言だけ。空になったお椀を机に置き、ようやく視線を上げて相手を見れば薄らと耳元を赤く染めた相手。見合いをした彼女に其れ程惚れ込んでいるのかと思えば、黒い靄が一気に胸の内に溢れるような気がして、箸を置き。これ以上この話を続けて居られず、彼の口から決定的な一言が紡がれるのが耐えられず、執筆を進めたいと、彼が決して止められない言葉を選んで部屋へと篭ってしまおう。この靄を消せるのは、執筆に没頭して何も考えずに済む時間だけなのだから。)
…部屋までお茶を一杯持ってきてくれるかい。進捗は問題ない、書ける間になるべく進めてしまいたいから、悪いけど執筆に戻るよ。
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