執事長 2018-10-04 22:19:25 |
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>クォーヴ
(先ほどまで幾つもの質問に答えてくれた彼の口から、答えは得られない。その事がこれからの自分の未来を予想させる。体を噛み砕かれ咀嚼される食事とは違う。涙を拭うように頬を撫でる指先を感じながら、あぁ、そう言えば彼は言っていたでは無いかと、ぼんやりと思い出す。自分は死神だと、ならばこれから奪われるのは──「ク、ォーヴ、さん、のっ……嘘、つき……っ!」魂は取らないと、言っていたのに。それともそれを素直に信じた自分が悪かったのか。涙を流すのは当然だろう。だって、こんな先の見えない館でほんの僅かな一時とは言え、心から笑い合った相手に自分の今、命は食べられてしまうのだから。瞳からは絶え間なく涙を流し続け、それでも睨むようにして相手を見据えながら、声をつまらせ嗚咽混じりに今の思いを紡ぐ。そして今一度、手の甲へと贈られる口づけ。続いて失われる母親の面影。自分を生み、小言を言いながらも育ててくれた存在が一欠片も残されず、跡形もなく消え失せる。幸せだったと呟く相手の言葉は右から左に流れ記憶の中が混濁する中、それでも大事な何かを失い、ぽっかりと大きな穴が空いたかのような喪失感を感じて。再び手を取られ、やがて厳しかった父を、だらしのない姉を、手紙でやり取りした友を、頭に感じた小さな重みも、誰かと交わした約束も、感謝も不安も、明瞭に言い表せなかったあの気持ちも全て綺麗に消えてなくなっていく中で、口をパクパクと開き「──……っ」誰かの名を呼ぼうとした声は、音として発せられる事は無いまま、煙の中に吸い込まれるかのように消え失せ。やがて辺りが暗く二人だけの世界へとなり、鼓膜に響く相手の声。胸板に寄り掛かったまま、涙は今も流れたままの朧気な、今にも消えそうな弱い光を宿し、口を開く。「貴方の、名前は──今から、私を食べるのは……死神のクォーヴ。そして私は、レベッカ。レベッカ・アンダーソン」記憶に残る相手の名を静かに呼び掛け、自分が誰か確認するように己の名を繰り返しては、泣き疲れたかのようにゆっくりと残っていた僅かな力も体から抜け落ち、すぐ間近に迫る終わりを感じる事無く、穏やかな笑みを浮かべたまま微睡むように瞳を閉じては、やがてその生涯に幕が下りるその時を、心穏やかに過ごす事だろう)
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