キアルド=メッド(本体) 2018-09-24 21:40:38 |
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やって来た主治医の診察を受けたキアルドは、背もたれを起こされたベッドに身を預けて、包帯を巻かれた自分の手を見下ろした。
両手と両足に杭を打ち込まれた傷、背中には刃物で切り裂かれた傷、そして顔には顔面の右半分を占める火傷。他にも小さな裂傷や打撲傷が多数。
この怪我でよく生きていたな、とキアルドは自身のことながら半ば信じられなかった。
「でも本当に凄い回復力だね……医者がこういうことを言うのはあまり良くないんだけど、普通の人なら死んでたよ」
カルテを見ながら、主治医であるミシェル=ヴェロニカは感嘆したように言った。
キアルドは昔から身体が弱かったが、怪我の治りだけは人一倍早かった。
キアルドが若い頃から彼を診てきているミシェルは、そのことを知っていたのだ。
「そんなにか」
「うん…これだけの大怪我をして、一命をとり止めるどころか意識を取り戻すなんて凄いよ」
カルテからキアルドに視線を移したミシェルは、にっこりと笑って言った。
それに曖昧に笑って返しながら、キアルドは顔の違和感にそっと手をやった。
包帯に覆われたその下には、酷い火傷がある。
無理やり押さえつけられて松明の火で焼かれた痛みを思い出して、キアルドは眉間に皺を寄せた。
「どこか痛む?」
「え…?あぁ、いや……」
首を横に振るキアルドに、ミシェルは安心したように笑った後、不意に表情を引き締めた。
「でも、その顔の火傷はきっと痕が残ってしまうだろうね……あと、手足と背中の傷も……」
「まぁ、痕くらいどうとでもなるさ」
「首にも残ってるよ、気づいてる?」
「首?」
ミシェルは言いながら、とん、自分の首筋を指で叩いた。
それを見ながら、キアルドは首を傾げる。
首を斬られた覚えはない。何の痕が残っているというのだろうか。
「首を一周するように、痣のようなものが残ってる。前側、つまり喉の方が濃いね……これは、首を絞められた痕、かな……」
「あぁ…そういえば何度か締め上げられたな。痣になるほどだったのか……」
言いづらそうに眉を下げるミシェルに対し、キアルドはあっけらかんと言い放った。
手で触れると、締め上げられた時に縄で擦れたのか、軽く瘡蓋ができていた。
「あとで確認しておく」
「あぁ、鏡と…塗り薬も用意しておくよ。痣が薄くなるように」
「ん…わかった」
キアルドが小さく頷いて礼を言うと、ミシェルは笑んで返しながらカルテを書き込み始めた。
ぼんやりと窓の外を眺めながら、キアルドはミシェルがペンを走らせる音に耳を傾ける。
包帯を巻いていないほうの目は、きちんと見えている。耳も聞こえる。手足はどうだろうか。火傷したほうの目は。
ひとつずつ確認するように、キアルドは思考を巡らせた。
「…っ」
手を柔く握ると、ずきりと痛みが走る。
思わず息を詰めると、ミシェルが顔を上げた。
「キアルド君?」
「………」
怪訝そうなミシェルの声に、視線を落としたままのキアルドはさらに目を伏せた。
彼にまだ、聞いていないことがある。
無意識に避けていたのか、ミシェルがわざと言っていないだけなのかはわからないが、聞かなければならないことが。
キアルドは躊躇いがちに口を開いた。
「なあ、先生……」
「ん?」
「…この、怪我は……後遺症なんかは、残らないのか……?」
静かな部屋に響く、小さな声。
思いの外震えたその声が自分の喉から出たことに、キアルドはわずかに動揺した。
ミシェルはそんなキアルドを見ながら、眉を寄せた。
「……リハビリすれば、日常生活に支障はないと思うよ。でも……」
言い淀んだ彼が、何を言いたいのかはわかっている。
ぎゅっと唇を噛んで、キアルドは次の言葉を待った。
「また以前のように、騎士として戦えるかは、わからない。貫かれた手足の神経や腱の損傷が激しいし、何より……」
「…?」
「右目の視力は、もう戻らないと思う……」
告げられた内容に、キアルドは特に驚きもしなかった。
わかっていた。この身体では、もう戦えない。
自らの存在意義ともいうべき少女を、もう護れない。
「は…っだろうな……」
自嘲するように笑って吐き捨てるキアルドに、ミシェルは一瞬顔を歪ませた後、すぐに力強い視線でキアルドを見返した。
「でも、視力はもう難しいかもしれないけれど、手足の傷はリハビリを続けて特訓すれば、また戦えるようになるかもしれない。いや、キアルド君ならきっと出来るよ」
「……何を根拠に…?」
励ますようなミシェルの声に、キアルドは億劫そうに顔を上げた。
荒んだ目に射抜かれても、ミシェルは少しも動じなかった。
「どんな怪我をしても、どんな病にかかっても、君は一度だって諦めたことはないだろう? これは医者としてじゃない、僕個人の意見だけど、キアルド君ならきっとまた戦えるよ。僕は信じてる」
真っ直ぐな目に見つめられて、キアルドは苦笑した。
彼は随分と自分を信じてくれているようだ。
「そうか……」
ありがとう、と音にはせずに呟いて、目を伏せる。
騎士として、再び戦えるのかどうか。
言い様のない不安を抱えながらキアルドは、今は遠い少女に思いを馳せた。
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