キアルド=メッド(本体) 2018-09-24 21:40:38 |
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「……――ん…」
薬品と、微かに血の臭いがする部屋の中、キアルド=メッドは目を開けた。
身体がひどく重い。瞼を開けているのさえ億劫で、わずかに開いた視界にも何が映っているのかよくわからない。
かろうじて、見慣れた――というのも憚られるが――牢屋の鉄格子でないことはわかる。
鉄格子よりもっと白い、真っ白なそれは壁だろうか天井だろうか。天井だとすれば自分は今寝ているのか。
目覚めたばかりの頭ではうまく考えられなくて、ただぼんやりとそれを見つめた。
「んん……」
ふと、横から声が聞こえた。
重い頭を何とか動かしてそちらを確認すると、白いシーツに流れる黒髪が目に入る。
ベッドに突っ伏して眠っているその人物には見覚えがあった。
「ぐ、い……?」
キアルドの喉から、掠れた声が洩れる。
眠っていたその人物――グイルド=メッドは、その声に反応したのかゆっくりと顔を上げた。
泣き腫らした目が、キアルドを捉える。ぼんやりとキアルドを眺めていたその目が、徐々に焦点を結ぶとともに見開かれていった。
「にい、ちゃん…?兄ちゃん、目が覚めたの!?」
白い部屋に、グイルドの大きな声が響く。キン、と鉄骨を反響させるほどの声に、キアルドは眉を顰めた。
「うるさい……」
「う、あ、ごめん…っ!えっと…っ僕、先生呼んでくるね!!」
混乱しているのか言葉が出ないようで、グイルドは詰まりながらも謝ると、すぐに部屋を飛び出していった。謝ったわりには声の大きさが変わっていないので、おそらくきちんと頭は回っていないのだろう。
そういえばあいつは昔からそうだった、と考えたところではたと、何故グイルドがここにいるのかと疑問が湧いた。
少しは回るようになった頭で、状況を整理する。
確か自分は暗く冷たい独房のような場所に閉じ込められていて、そこから逃げ出して――それからどうしたんだったか。
鈍く痛む頭で思い出そうとしたところで、喧しい足音と次いで大きな声が聞こえた。
「っキア!!」
「……ガエ…?」
自分を呼ぶその低い声には聞き覚えがある。
キアルドが、己の兄・ガエルド=メッドの名を呼んだのと、開け放たれた部屋の入り口に彼が姿を現したのはほぼ同時だった。
走ってきたのであろう勢いのまま、ばんっと扉の縁に手を突いたガエルドは、キアルドを見るなり荒い息のままふにゃりと笑った。
「あぁ…っキアだ……本当に、目…っ覚めたんだな……っ!」
力が抜けたのか、ガエルドはそのままその場にへたり込んでしまった。
キアルドは驚いて身を起こそうとするが、長く眠っていたせいか身体がうまく動かないばかりか、背中に思い出したように激痛が走った。
「…っ!」
「あ…っ大丈夫か…!?」
ガエルドがすぐに立ち上がって駆け寄ると、キアルドは痛みに顔を歪めて枕にぼふりと戻った。
顔色の悪いキアルドの頬を、ガエルドは心配そうに撫でる。
「痛むか…?グイが今、先生呼んできてくれてるから……」
「ん…っ」
眉を寄せたままこくりと頷いたキアルドは、はあっと息をついてガエルドを見上げた。
「っ? どうし――」
「ガエ」
首を傾げるガエルドを遮って、キアルドは渇いた喉から声を絞り出した。
「アル、は…? あいつは、無事か…?」
「!」
はっとしたように目を見開いたガエルドは、すぐに目を逸らして曖昧に笑んだ。
キアルドの護衛対象であり、大陸のウタヒメであるアルトリア=ルーンドゥトリシュ。彼女を護衛対象としても、ひとりの少女としても慕っているキアルドは、自分がいなくなった後の彼女のことが心配でならなかった。
固唾をのんでガエルドの答えを待っていると、ガエルドはほんの少し言い淀むように口を開けて一度閉じ、キアルドに視線を戻す。
「無事、だよ……。怪我もないし、病気もしてない……」
「そ、うか……」
キアルドはほっと安堵の溜め息をついた。
ガエルドの表情に一抹の不安を覚えながらも、とりあえずは無事だということが確認できた。
まだ様々なことが整理できていない中では、その事実だけで十分だった。
「詳しい話は後でしよう……。まだ疲れてるだろ?」
「ん……そう、だな……」
いつもは煩わしく感じる、頭を撫でる兄の手にひどく安心する。
どうやら自分はだいぶ弱っていたようだと嘆息しながら、キアルドは遠くから聞こえてくる弟の喧しい声と足音が近づいてくるのを聞いていた。
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