北風 2018-08-14 22:50:50 |
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《第三部分》
そうして今に至るというわけだ。
ノートを取りにいったまま失踪したのだ。
このままここで耐えていればいつか誰か探しに来ると踏んでいたが、よくよく考えると窓の外に僕がいるなんて誰も考えつかないだろう。
やっぱり人間、冷静さを失うと駄目だ。
ああ、もう腕が限界だ。
四階から落ちたら死ぬだろうか。
いや、運良く生きる可能性だってある。
この相腕が限界を迎えて滑り落ちる前に、できるだけ上手く落下した方が良いのでは……。
と。
助かることを諦め始めた僕の思考を遮るように、ガラリと窓がレールを滑る音がした。
「……あ」
そんな薄いリアクションと共に窓から顔を覗かせたのは、黒髪ストレートを肩まで伸ばした少女。
うちのクラスの学級委員長、半路(はんろ)こなぎだった。
なるほど学級委員ということで僕を探しに行かされたのか。
申し訳ないがお陰で助かった。
よくぞ窓を開けてくれた。
「あ、あの半路さん。詳しい理由は後で説明するから、手を貸してくれない? 実は僕、もう手が限界でさ」
僕の言葉を受けても、半路さんはぽかんとしたままだった。
まあ、窓からぶらさがっている同級生を見かけたらこんな反応にもなるだろう。
だが、半路さんのことだ。
助けてくれるに違いない。
何を隠そう、我らが学級委員長は正義感が人一倍強い。
いや、人五倍くらい強い。
困っている人を見かけたら見て見ぬふりなんてしない。
この間も電車で痴漢に襲われている女子生徒を助けたらしいし、カツアゲから男子生徒を助けているのも見たことがある。
今まで一度も話したことは無いが、彼女に僕を助けない理由なんてあるはずがない。
そう思ってほっと溜息を吐いた瞬間。
半路さんは何も言わずにぴしゃりと窓を閉めた。
「……え?」
心臓が凍り付いたような心地になった。
「おい半路、青山見つけたか?」
「いえ。どこにもいませんでした」
「そうか……あいつどこ行ったんだ」
窓の向こうから半路さんと現文の先生が会話する声が聞こえる。
「…………え?」
見捨てられた、そう覚った瞬間、手の力がふっと抜ける。
悲鳴を上げることも出来ぬまま、僕は四階の窓から空中に放り出された。
これが、僕と半路こなぎの最悪で最低な一年の幕開けだった。
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