北風 2018-08-14 22:50:50 |
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《第五部分》
家のソファーに寝そべり、僕は長く息を吐く。
たった数日離れただけだったが、何故か妙に我が家が懐かしい。
「あんたしばらくは学校休んどきなさいよ? そして久々に登校した朝、クラスメイトにチヤホヤされなさい」
母さんの謎の命令を「はいはい」と受け流し、リモコンでテレビを点けた。
骨折こそ免れたものの、四階の高さから落ちたのだ。
当然あちこち打撲しているわけで、医師によると退院後もしばらくは安静にしろとのことだった。
診断書も貰ってるし、母さんに言われなくともしっかり休むつもりだ。
そして――
それまでに、あの日の出来事について考えておかなくてはならない。
何故半路さんは僕を見捨てたのか。
そして僕を突き落とした犯人は誰なのか。
僕はテレビ画面を眺めながら考えた。
ニュースで天気予報が流れている。
アナウンサーの声が耳を抜けていった。
……正直。
僕は少し、半路さんが犯人なのではないかと疑っている。
いや、あの状況だと僕でなくてもそう思うだろうし、それに他に心当たりも無い。
まあ半路さんにだって恨まれる筋合いは無いのだが……。
と、そこまで考えた所でニュースが終わり、バラエティー番組が始まった。
騒々しい音楽や騒めきに意識が削がれ、僕はテレビを消す。
すると、フローリングに座って洗濯物を畳んでいた母さんが、口を尖らせて文句を言った。
「あ、なんで消すのー。点けといてよ」
「え……いや母さん見てなかったでしょ」
「見てましたー。畳みながら見てましたー」
「分かったよ……」
母さんには逆らえない。
僕は渋々テレビを点け、思考を放棄した。
特に興味も無い特集をボーっと眺め、淹れてきたお茶を啜っていると、母さんがふと洗濯物を畳む手を止めた。
そして僕に向かってさらりと言ってのける。
「そういえばあんた、入院してる間に学級委員の女の子が家に来てくれてたよ」
「!?」
危うくお茶を吹き出しそうになった。
今時そんな古典的なリアクションを取ってしまっては、母さんに一生ネタにされる。
気管に侵入しかけたお茶を慌てて食道に流し込み、ボクは母さんを問い質した。
「え!? 学級委員って……僕のクラスの? 半路さん?」
「あー……確かそんな名前だったね。可愛い娘だったよ」
「え、な、な、何しに!?」
「何って……」
母さんはきょとんと首を傾げた。
「普通にプリント届けてくれただけだけど。ほいこれ」
手渡されたプリントの束。
それを受け取り、僕はホッとしたような気が抜けたような思いで溜め息を吐いた。
そうか、学級委員だもんな。プリントを届ける役目を任されてもおかしくないよな。
「な、なんだ……びっくりした……」
「あ、何? あんた、あの娘に気があるわけ?」
「な、無いよ! あんま話さない相手だからびっくりしただけ!」
あらぬ誤解をしたようでにやにやと邪推する母さんを慌てて否定し、僕はプリントをパラパラ捲った。
と。
機械的な字が羅列するプリントの中、手書きの物が一枚、目に留まった。
それを束から抜き取ると、どうやら千切ったノートのページのようだ。
そこには短い文章と、携帯の電話番号らしい数字の羅列が書かれていた。
『話したいことがあるので、下の電話番号にかけて下さい。
半路こなぎ』
どうやら彼女は、僕に考える時間を与えてはくれないらしい。
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