とある公安所属の女 2018-07-20 22:31:27 |
通報 |
こちらこそ、よろしくお願い致します。
「……ん」
耳に馴染む声を聞いた気がして半分眠りに落ちかけていた意識を引き戻されれば、霞む視界に映るのはキーボードの横に置かれた太いフォントの文字が印刷された小瓶と、一目見ただけで誰と分かる後ろ姿。
彼女の気配さえ察知できないようになっていたらしい。これは不味い、相当疲れている。
ずきずきと釘を打ち込まれているように痛む頭を押さえながら画面を睨む。半分意識がなくても手は動いて仕事出来ていたらしい。スクロールして確認しながら片手で栄養ドリンクを手に取る。返そうかとも思ったがもう渡して来た本人は今更突き返せる距離にはいないし、と暫く眺めた後に蓋を捻って中身を口に流し込んだ。
「……皆、5時までに終わらせるぞ。その後は殺人鬼が来ようが爆破事件が来ようが、全部風見に任せて退社だ」
くたびれきった部下達を激励するように言葉をかければ、まだ彼女の体温の残るドリンクの瓶を机に置いた。
薄暗い部屋の中、隅に置かれた蓄音機から流れる囁くようなテノール歌手の声が部屋を満たす。闇のように黒い壁には窓一つない。手元を照らすライトの白い光が唯一のはっきりとした灯で、その他の部屋の照明はぼんやりとしたレモン色で足元が見える程度に調節されていた。
磨き上げた銃口を光に照らし満足して立ち上がると、ずらりと銃が並んでいる長机に向かう。次の銃を手にしたところで、ふと外の廊下に通じる扉の向こうに誰かが来ている気配を感じ取った。
「ねえ、靴の泥は落として入って頂戴。新しい絨毯を汚したくないの」
銃を落として壊したくないからという口実付きで組織に購入してもらった、ワイン色の絨毯のお気に入りの感触を守る為、銃のサイレンサーを外しながら顔も上げずに声をかけた。
トピック検索 |