とある公安所属の女 2018-07-20 22:31:27 |
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彼はいつもよりも不機嫌そうな表情で電話対応に当たっていた。僅かに漏れ出している相手の声はのんびりとした速度で話は纏まりがなかった。彼をイライラさせてる要因はここだろう。いつでも上司相手には特に笑顔を携えてる彼の表情が歪むはずだ。ぼんやりと話に耳を傾けているとどうやら前々から追っていた男女の重要人物として長期にわたってマークしている犯人に動きがあったらしく、近々マークしてほしいというものだった。
そこまでは自分も前にも関わったことがあり、把握していた。前回も男女ということを生かした場所での取引だった。そこまでは睡眠時間の足りていない自分でも理解できたし、把握も出来ていた。1人では難しいだろうから精々2、3人で行ってほしいという上司の言葉に薄っすらと目を細める、風見あたりと行くのだろうか。物凄く見たい。2人がデートスポットを歩いている姿を見たい。暫く考え込むような彼から発せられた名前はまぎれもない自分のものだった。拒否権などないし、寧ろ嬉しいが困惑の方が今は大きい。受話器を置いた彼に回りきらない頭で言葉を考え、口を開いた。
「……上の方から、10時に理事長の部屋に報告に来るように、と」
自分が言っても聞きやしないし、何よりも早急に頭を冷やしたかった。要点だけまとめて伝えてしまえばすみません、お先にと背を向けた。もう少し冷静に脳内を整理しなければとんでもないことを口走りそうで逃げるように荷物をまとめ、背を向けた。
ちらり、部屋の中を見渡せば世界的に有名なブランドの紙袋が申し訳程度に置かれている。どうせベルモットあたりが本業のお土産に、とでも置いていったのだろう。自分には彼女の好きそうな物を買うことはできないだろう。だからこそ、直接聞くしかないのだ。それに、無理やり物欲が自分と同じように少ない彼女が押し付けられたら困るだろう。あくまでも自分と重ねた上だから微妙なところだが。
短く返された礼らしき言葉とふっと溢れた彼女の笑いに思わず呆気に取られそうになったが、表情を変えずに俯いてん、と短く返した。手元の拳銃に真剣な視線を寄せる彼女は見るたびに美しいと思う。下心など関係なく、だ。真っ白なその髪と整った顔立ちということもあるだろうが。髪が何故白くなったのかその経緯を知っている分、気軽に褒めることはいくら自分でも出来やしない。それでも、僅かな光りでキラキラと反射している彼女の髪は何よりも神秘的だった。そんならしくないことを考えてしまう自分に舌打ちをひとつ零せば静かに目を再び伏せた。
「…あ?…嗚呼、…助かった。……心掛けとく。ウォッカに、な」
彼女からの言葉に気を抜いていたためか何とも言えない挙動不審な対応になった。ウォッカには忘れなきゃ伝えとくさ、と付け足せば、もう一度帽子を深く被り直し、拳銃が返ってくるのを待つ。それが終われば次にここに来るのは早ければ明後日だろうか。次に来るときはウォッカも同行するのだろう。少しもやもやとする気持ちが心の中で疼いたような気がした
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