とある公安所属の女 2018-07-20 22:31:27 |
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「かみん、しつ」
かみんしつ。どんな漢字を書くんだったか。
……ああ、仮眠室か。かなりおかしくなってきた頭を正常に戻そうと軽く振る。ぼやけかけていた視界が戻ってきて、目の前にいる彼女の顔をはっきりと映した。
心臓がどくんと音を立てる。彼女の笑顔は心臓に悪い。普段よりかなり近い距離で、頭が上手く回っていない時は、特に。
ふわりと目の前で揺れる彼女の髪を撫でようと伸ばしかけた手をすんでのところで抑える。不味い。睡魔で脳内のストッパーが機能していない。彼女に対する想いがとめどなく溢れ出てきそうになる。
「ああ、そうだな……そうする」
伸ばしかけた手を誤魔化すように机につき、力を込めてなんとか椅子から立ち上がろうとした瞬間、机の上の電話二つがほぼ同時に鳴り出す。
「……悪い。そっちの電話出てくれるか……多分次の仕事の話だ。潜入捜査関連だったと思うが」
今すぐにでも眠りたいところだろう。申し訳無さに眉を寄せつつ、早口に言って自分側の電話に出た。
「欲しいもの……?」
残弾を取り出しながら聞き返す。仕事関連で入り用なものはないかという質問だろうか。いやそれならば直接あの方に伝えて何でも購入してもらっているし、ジンもそれを知っている。では、仕事以外の物で、という質問だろう。
丁寧に油を吹き付けていきながら、そうねえ、と言ったきり黙り込む。正直あまり欲しいものがないのだ。物欲が無いわけではない、多分与えられすぎているのだろう。寝起きはこの奥の部屋でしているし、ある程度の家具は組織が揃えてくれた。ベルモットやキャンティもなんだかんだと世話を焼いてくれる。モルモット時代からすれば天国と地獄だ。
色々と考えては見たが、取り立てて欲しいものはなかった。
「そうね……美味しいお酒と、一緒に飲んでくれる相手、かしら」
そう呟き、おそらく笑い飛ばされるだろうとは思いつつも悪戯っぽく彼を振り返る。
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