赤の女王 2018-06-06 13:39:59 |
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>>悪魔
( 生まれて初めて耳にする御伽噺に夢中になる幼子の様に、気が付けば彼の話に釘付けだった。一言一言が脳を侵食していくみたいに不思議な感覚に捕らわれる。彼が何か言葉を発する度に夢だと笑い飛ばせそうだった"不思議の国"の存在が確かな物に近付いて信憑性が増していくのが分かる。それにしたって今の話が紛れもない事実なら、自分には少し荷が重過ぎるのではないか。この国の規模も決して今にも滅びそうな程小さな訳では無さそうだ、一国の指揮を執る役職に就く人物と言うのは、それなりに国民から信頼を得た上で成り立つ物ではないのか。金魚宛ら僅かに開いた口をパクパクさせるばかりで訊きたい事が中々声にならず、拳を口元に宛てがい咳払いをした後発した声はやはり掠れていた。「──俺は、一国の王を名乗れるような人物じゃない」飛び出した言葉は本当に伝えたい事とはまるで裏腹で、取り返しが付かないまま眉を潜め話を続ける。「立派な犯罪者だ。それを自覚してる。今だってクスリがなきゃ正気を保てなくなる時がある。この庭園で目が覚めた時、腹癒せにあんなに綺麗な薔薇を手折ろうとした。この国の美しい薔薇を。悪魔だ何だと言ったってアンタだって嫌だろ、こんな」一息にそこまで言いかけた所で喉が詰まって噎せてしまった。彼が言うには"アリス"はあくまでも次期赤の女王"候補"であり、その存在は恐らく義務化されてはいない。選ぶ権利を誰が有するのかは知らないが己が否定し続ければ何事もなく元いた故郷へ帰れるかも知れないと考えた。考えたのだが、そこで一つ新たな疑念が生じた。"アリス"と言う名の思いの外大きな役割を受け持ったこの国から逃げ出す事ばかりに神経を使っていたが、気が付いてしまったのだ。故郷など名ばかりの、あの地獄に帰りたくはないと。「……俺が変われば、"アリス"で居ても良いのか」今度は逸らしてばかりだった視線を対面する者へ、俯きがちな顔に影を落としたまま睨み付ける様な形で彼の瞳を見据えて、しかし先程とは打って変わった声色はまるでここに居させてくれと懇願するかのようで)
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