xxx 2017-12-05 23:46:58 |
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>160 マリウス
(似ている。彼は、嘗ての己に何処か似ていた。心の深層、他者の手は決して届かぬ場所…否、時に己の手さえ届かぬ場所に、獣を飼っている。それは怒りであり、悲しみであり、苦しみであり――己の心を喰らい尽くさんと、その牙を突き立てるのだ。鎖を砕き解き放つ、或いは飼い慣らす…獣を飼う人間にとって、其れを叶えるのは決して容易な事ではない。己は途方も無い年月の果てに其れを叶えたが、どうやら、彼にその瞬間が訪れるのは未だ先らしい。そして、其れを叶えぬ内の心にこそ価値があるのだと気付く瞬間もまた…彼には未だ遠いのだと、朽ちた心の欠片が囁いた。紅茶の香りが、その温かさが染み入るのは彼がまだ命ある存在としてこの世に生きている証拠。本来己を語る事を良しとしない筈が、まだ関係の浅い彼を相手にこうも饒舌であったのは、嘗て生きていた頃の己を無意識下で彼に重ね合わせていたからこそ――なのかも知れない。語られる言葉に耳を傾け、思いを馳せ、そして己を省みる。そこに、彼と言う男を構成する数ある要素のひとつを見た様な気がした。嗚呼、優しい男だ。この男は、痛みを知っている。己の痛みを知り、人の痛みを知る事の出来る男なのだ…と。)
…お前は未だ、楽にはなれぬ。だが、それでよい…今は未だ、それで良いのだ。
(彼の一礼を、その誠意を、ただ真っ直ぐに見詰めていた。硬く握り締められた拳も、掌に食い込む爪の感触も、この部屋の冷えた空気を"寒い"と感じる事の出来るだけの体温も――全ては命あればこそ、彼がこの世に生きてこその存在なのだ。彼と言うひとりの命ある者へ、自ら価値ある命を投げ出したひとりの亡者として、敬意を込めて一礼を返す。それからゆっくりと頭を起こし、冷え切ったこの蔵書室に微かながら温もりの欠片を落としてゆく木漏れ日を、彼の視線を追い掛ける様にして眺めた。最早、答える事を拒むべき問いは無い。救いとは何か、簡潔であり単純、それでいて確かな重みのあるその問いにゆっくりと瞼を落とす。深くゆっくりと吸い込んだ冷たい空気で肺を満たした後、は、と微かに零れた吐息の先に言葉が続く。)
…私は未だ、その答えを知らぬ――其れはつまり、その時が訪れるには未だ早いと言う事だ。
訪れるべき時に、訪れるべき者の元へ、訪れるべくして訪れる…救いとはそういうものだと、私は思っている。
なればこそ…私はその時を待たねばならない。もし、その時は訪れないと言うのなら…それを受け入れなければならない。
お前の耳には、嘸かし辛く苦しい事の様に聞こえるだろうが…死にたがり――お前達を迎え、見送る内…必ずしもそればかりではないと、時折俄かに…そう思うのだ。
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