霜月タルト 2017-01-03 19:12:07 |
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ふと、仕事用に借りているマンションの一室で小説家の菰生つばさ(こもう つばさ)は、急にそれを書かなければいけないような気がした。机の上に広げられた原稿には、意中の男の子に告白したものの、曖昧な返事をされてしまい、希望を持ち続けるのも怖いが、絶望に浸ることもできず、歯痒い思いを抱えたままのヒロインの苦悩が書かれていた。
「そうだ、そうだな。ここで青葉を転校させよう。青葉は二人が両思いになったと思っていて…」
滑りよくペンが進む。ヒロインが告白するシーンを見なかった青葉は、二人が付き合い始めるものと思い込む。しかし、もうすぐ転校する自分には何もできない。
「転校する当日になって、ようやく青葉は美鈴に声をかけるんだ。それで想いを伝え、二人のこれからを応援する、と。」
小説の続きでは、青葉のその行動が、悩みの中にあるヒロインの心をさらに掻き乱すことになるのだ。そして、それが次の波乱を呼ぶ。
「うんうん。なかなか上手くまとまったぞ。」
書き進められた原稿を前に、つばさはニンマリと笑みを浮かべた。まだアラサーの女性なのだが、職業柄、仕事中はてんで化粧っ気がなく、如何にも干物女といった外見だ。
「青葉はここで退場っと。気持ちが実らなくて、ちょっと可哀相だけどね。」
ここまで書いた文章にざっと視線を走らせ、簡単な推敲を終えると、つばさは眼鏡の奥の瞳を少し伏し目がちにして呟いた。
その彼女の独り言は枠の中に届いたのだろうか。そう、小説という枠の中に。その中で青葉は、やっと自由になれる喜びと期待感で胸をいっぱいにしていた―。
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