北風 2016-09-11 16:47:48 |
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「いやぁ~、見てたよ旅さん。カッコ良かったねー」
私達は男性と共に奥のボックス席に座っていた。
「お、そうだろ? 上手くキマッてたろ?」
男性は先程とは別人のように陽気に笑い、昶くんの頭を撫でている。
あの後、男性の迫力に後押しされた他の客があの男に一斉にブーイングをしだし、威圧感に押し負けた男は無事会計を済ませて逃げていった。
見ていた私としてはとてもスカッとしたのだが、この人の素性が知れない内は心を許せない。
出されたオレンジジュースのストローをくわえ、男性をじっと見る。
悪い人では無さそうだけど……。
「で、この嬢ちゃんが風実蛍か?」
「!」
突然男性の口から私の名前が上がり、私は驚いて息を飲んだ。
と同時にジュースを吸い込んでしまい、咳き込む羽目になったのだが。
「ははは! 可愛い反応してくれんじゃねえか」
「あははは! 流石蛍ちゃん」
仲良いな、この人達。
息ぴったりじゃないか。
「あー、でも俺からはまだ名乗ってなかったなぁ」
と、笑いながら男性は言う。
そして一つ咳払いをすると、佇まいを直して私に右手を差し出した。
「俺は間笠まがさ旅たび。この辺で仲介屋をしてんだ。ま、旅さんって呼んでくれな」
「仲介、屋……?」
出された右手を取りつつも、聞き覚えの無い単語に首を傾げる。
「ああ、仲介屋。読んで字の如く、仲介するのが仕事だ。人と人の、もしくは組織と組織の間を取り持つんだよ」
「……そう、ですか……」
説明されてもなおよく分からない。
いや、言わんとしている事は分かるのだが……それは仕事として成り立っているのか?
そう考えて曖昧に相槌を打つと、彼──旅さんは再び盛大に笑った。
「いや、そんな顔するけどよ、結構重要な仕事なんだぜ?」
言いながら煙草に火を点ける旅さん。
背凭れに体重を預けて上を向き、ゆっくりと煙を吐き出すと、言葉を続ける。
「今の御時世、表でも裏でも信用しきれる人間なんざ一握りだ。特に裏社会では、不用意に近付いたら大火傷するような奴らがゴロゴロしてる。この世界で人脈広げてく為には、双方が信頼してる人間が仲介しなきゃなんねぇんだよ」
「へえ……凄いんですね」
純粋にそう感じ、そのまま言葉に乗せる。
だって、そうなると旅さんは多くの人に信頼されているという事になる。
余り詳しくは無いが、この世界でそこまでの人間関係を作り上げる難しさは想像に難くない。
だが私の考えとは裏腹に、旅さんは少し照れたように顔の前で掌を振った。
「いやいや、俺の顔の広さなんざたかが知れてるさ。仲介屋もこの街でしか出来ねえしよ」
「それでも凄いですよ」
「そんな事ねえって」
「いえ、凄いです」
「いやいや」
「いえいえ」
「や、終わんないよ二人共」
昶くんの至極全うな意見によって、私と旅さんの謙遜合戦は終結した。
と、丁度そこに、店員が料理を数品お盆に乗せて運んでくる。
受け取ろうと顔を上げると、私はその店員の顔に見覚えがある事に気が付いた。
いや、見覚えというか──
「あ、旅さん……! さっきはどうも」
「おお、タマ。災難だったな」
旅さんと親しげに言葉を交わすその店員は、正に先程酔っ払いに絡まれていた若い男性従業員だったのだ。
※
「始めまして、ぼくは珠木と申します」
そう名乗り、深々と私達に頭を下げる店員──珠木さん。
……ん?
何で急に名乗られたの?私達。
自己紹介の流れだっけ?
キョトンとする私に向けて、昶くんがさらりとこう言い放った。
「この人は五十山組ってトコの準構成員。こんな顔してるけど、ばっっっちりその道の人だよ」
「へ!?」
私はぎょっとして、つい珠木さんをまじまじと眺めてしまう。
日本人らしい墨色の髪は清潔に切り揃えられ、前髪の下の垂れ目は若さ故の純粋さを纏っている。
身長は170前後で、やや細めの体には筋肉も余り付いていなさそうだ。
どう見ても人畜無害な大学生──いや、高校生と言っても通るだろう。
「こ、こんな人が……?」
「いや失礼だろうがよ、風実。一応俺らは初対面だぞ」
空田さんに嗜められて、私は慌てて珠木さんに小さく頭を下げる。
「いえ、大丈夫ですよ。よく言われますので……」
珠木さんはそう言って力無く笑った。
何だか自虐的な笑みだ。
本人も気にしている所だったのか。
申し訳ない気持ちが更に湧くが、同時に猜疑心も強くなる。
こんな低姿勢で生きていける道なのか?極道って。
就活とかには有利そうだけども。
「そんな顔すんなや、嬢ちゃん。こいつの凄さは見た目じゃ分かんねえ」
旅さんがにやつきながら珠木さんの背をバンバン叩いた。
そして、ふらつく珠木さんの首を捕まえて強引に肩を組む。
立っている所から座っている旅さんの目線の高さまで一気に姿勢を落とされたため、珠木さんは苦しそうだ。
だが、それを気にする様子も無く、旅さんは得意気に言った。
「これから分かってく事だろうよ。その為に俺が仲介するんだからな」
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