北風 2016-09-11 16:47:48 |
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「…………」
鴫羽さんが部屋を出て行ってからも私はしばらくぼんやりと座り込み、記憶の糸を辿っていた。
昨日は余りにも濃い一日だった……。
昨日の事なのに、今でもまだ気持ちの整理がつかない。
「はぁ……」
寝て起きたら全部夢でした、ってオチは……そりゃまあ無いよね……。
「本当、夢だったら良かったんだけどね」
はぁ……と再度溜め息を吐きながら俯くと、自分が見慣れない服を着ている事に気が付いた。
いつも就寝時に着ているパジャマでは無い。
もっと風情のある、桜柄の和服だった。
「浴衣……?」
着替えた記憶は無いから、寝ている時に誰かが着替えさせてくれたのだろう。
「おお……」
それにしても浴衣なんていつぶりだろうか。
鮮やかなピンク色に思わず感嘆の声を洩らす。
一つ一つ丁寧に花びらが刺繍されたそれは、寝巻きにするには勿体ない程の美しさだ。
私は浴衣の着崩れを直し、布団の上に立ってその場でくるりと回ってみた。
浴衣の裾が風を受けてふわりと揺れ、糸がキラキラと輝いた。
「ふおお……」
「ふむ。僕の浴衣はそんなに良い物かい?」
「ひゃおおおお!?」
驚いて声のした方に顔を向けると、鴫羽さんが小首を傾げてこちらを見ていた。
「あ……あれ!?あれ!?さっき出てったはずじゃ……!?」
私は取り繕うように早口でそう尋ねた。
恐らく今私の顔は真っ赤になっている事だろう。
「ああ。部屋を出てから食事の場を伝えて居無かった事を思い出してな」
「あぁ……た、確かにそうでしたね……」
それは良いけど、せめてもっと早い段階で存在を主張して欲しかった。
私が目覚めたときはあんなにも激しく主張してきたのに……。
「案内しよう。付いて来たまえ」
鴫羽さんは颯爽と身を翻し、部屋の襖に手を掛けた。
が、そこで動きを止め、私の方を振り返る。
「?どうしました?」
「そう言えばまだ先程の質問に答えて貰って居無かったな。さあ、教えてくれたまえ!何故君はその浴衣に其れ程迄に興奮して居たのかい?」
蒸し返すな。
もう終わっただろその話は。
次の流れに進もうとしてたじゃん、今!
「ああ、いやいや。勘違いし無いで欲しい。僕は何も君をからかっている分けではない。」
そう言って首を左右に振る鴫羽さん。
黒髪がさらさらと揺れた。
めっちゃ綺麗。
「その浴衣は僕が友人から譲り受けた物なのだが、僕は審美眼と言う奴を持って居無くてな。どうもその価値が分からない」
「か……価値って……?」
「ん?ああ、60万するらしい」
「ろくっ……」
余りの金額に、私は全身を硬直させた。
嫌にきらびやかだとは思っていたけど……!
「む。君はそれの良さが理解出来るのかね?」
「や、やややややや綺麗だとは思いましたけどそこまでとは……てか、理解できるとかできないとかの問題じゃなくないですか!?」
「む?」
鴫羽さんは不思議そうに首を傾げる。
「何故そう思う?持ち主が価値を理解出来なければ、其れは価値を持って居無いのと同じでは無いのか?」
「う…………いや確かにそうですけど……!」
調子狂うなぁ…………何なんだこの人…………。
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