天ノ河 玉藻 2016-02-02 01:54:26 |
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“いいか、シャミ、スティラ。”
_____懐かしい声。
力強くも優しい色を持ったその声は、目の前の暗闇の中に響く。
“この森は人間を選ぶ。選ばれた人間は、森に好かれたのだ。”
_____あぁ、そっか。目を、開けなきゃ。
でも、うまくいかない。瞼が鋼鉄にでもなった気分だ。
“森は蒼い。眩しいくらいに蒼く輝いておる。だがな、ただの人間には見えることはない。”
少しだけ、目を開けられた。
ぼやける視界の中に、懐かしい顔が映る。白髪の混じりのくすんだ赤い髪、歴戦の戦士を思わせるような、右の頬を走る傷痕。
彼は僕のおじいちゃんだ。
“そして、森に気に入られると、その蒼は見えるようになる。多少時間は必要になるがな。”
おじいちゃんはどこか遠くを見て言う。
よく見れば、おじいちゃんの隣にはシャミも居た。が、眠っているようだ。
“実を言えばワシも、森に気に入られた人間の一人なのだよ。”
“___ふぅん”
不意に、別の声が聞こえた。
声がした方を見れば、シャミの口許が笑っている。寝ていたわけではなかったらしい。
“うん?なんじゃシャミ。起きておったのか。狸寝入りが上手いな”
“ふふっ”
相変わらず、僕の体は動かせない。
僕の意思に反して、体は休息を求めているらしい。
おじいちゃんがこちらを見る。それから、優しく微笑だ。
“ふっ。どうやらスティラは本当に寝てしまったようじゃな。さて、そろそろ帰ろうか。”
突然、浮遊感に襲われる。
どうやら体が持ち上げられたらしく、景色が変わった。
立ち並ぶ太い大きな木々。その根本に寄り添うように生える緑色の苔、丁度良い長さに育っている雑草……ここは森の中らしかった。
体が揺れるのが心地いい。眠気を誘われたのか、開きかけの瞼が徐々に重くなっていく。
もう少しすれば、この混濁しつつある意識は完全に霧散するだろう。
“ああ、それとな”
言い忘れがあるらしく、おじいちゃんが立ち止まって口を開く。
それにシャミが「なになに?」と相槌を打つ。
“一度選ばれるとな、一定の代までそれは受け継がれるんじゃ。”
“………?”
“つまり、気に入った人間の子供のことも気に入るということだ”
“ふぅん”
それだけ言って、おじいちゃんは再び歩き出す。
“_____……蒼い森は人を幸せにすると言うが、お前達もそうであって欲しいものだ……”
それが聞こえたのは、僕だけらしい。
そして間もなく僕の意識は泥沼のような眠気に沈んだ。
◇ ◇ ◇
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