太陽 2015-12-22 01:12:59 |
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《13話》
「な……何でここが……」
そんな追い詰められたサスペンスドラマの犯人のような台詞を口にしながら、驚愕の表情を浮かべた少女が後ずさる。
「……そんなビビんなよ。大丈夫だ、桃菜」
「何で、ここが分かったの」
桃菜はまだ緊張を解こうとせず、服の胸部分を両手でしっかりと掴んで、防御体制に入っている。
「来たこと無いでしょ? ここに──私の家に」
※
今俺は、沖花宅の玄関前にいる。
だが桃菜の言う通り、沖花の家には来たことが無かった。
無論場所は知らない。
だから、探したのだ。
杏菜に初めて会った場所付近を、しらみ潰しに。
「大変だったぜ? すっかり日も暮れちまって、途中から表札見にくくて仕方無かったしよ。まあ余り無い名字だからな。ダブらなくて良かった」
「もう発想がストーカー」
「っ!?」
予想外の辛辣なコメントに、俺は思わず絶句する。
「……明日学校でお兄ちゃんに聞けばよかったのに」
そう言う桃菜は口許には笑みを浮かべているものの、目は悲しみを湛えていた。
──またそんな複雑な表情をする。
俺は息を吐いて顔をしかめた。
「まあそれでも良かったんだが……なるべく早く伝えたくてな」
「…………何を」
「御守りの在処」
「……っ!?」
桃菜は目を見開き息を呑んだ。
相当驚いているようで、全身が硬直している。
「まあ、まだ確証は持てないんだがな。とりあえず、行ってみるか?」
言いながら空を見上げると、日が沈み薄暗くなっている。
逢魔が時。
幽霊の本領発揮の時間帯だとは言うが。
目の前の幽霊少女は、弱々しい声で「……うん」と呟くと、俺の制服の袖を握った。
俯いているため、その表情は図れない。
俺は黙って彼女の頭に掌を置き、歩きだした。
※
「え、ここって……」
桃菜が唖然として言葉を溢す。
「そ。学校だ」
白前高等学校。
既に見慣れた、俺の通う学校だ。
満束の言った通り、閉門後であっても進入は驚くほど容易かった。
進入と言うか、普通に入れた。
白前は、これ以上の風紀の乱れを防ぐために完全下校時刻が早めになっているが、その意味とは。
敷地内にも不良と思われる学生がちらほらと見受けられる。
一応は教育施設。
未成年者を預かる立場としてこの警備はどうなのだろうと思ったが、今回はそれが幸いした。
「え、えっと……でもここは……」
桃菜は戸惑いを露にして語尾を濁らせた。
言いたい事は分かる。
この学校はまず選択肢から除外するべき場所だ。
だが、だからこそ。
一度俺達の視野から外れたここに、『隠し直す』やり方は有効だ。
無論、そのためには俺達の動きを常に把握していなくてはいけないが。
「ほ、本当にここに?」
「いや、さっきも言った通り、まだここにあると分かりきってる訳じゃねえ。あくまでその可能性が高いだけだ」
「でも、何で可能性が高いって……?」
そう問いながら俺を見上げる桃菜は、まだ緊張と戸惑いを隠せずにいる。
俺はそんな彼女の態度を切り捨てるように、きっぱり言い切った。
「御守りの在処は不確定だが…………御守りを盗んだ犯人には目星がついてるからだよ」
「! …………」
桃菜の瞳が揺れる。
そしてゆっくりと顔を伏せ、そのまま黙り込んだ。
その反応の意味は分かっている。
俺は敢えて言葉を発さずに、目的の場所へ歩を進めた。
※
そこに着いた頃には日は完全に落ちて、もう夜と呼ぶべき時間帯に差し掛かっていた。
大量に羅列している体育倉庫の内の一つに寄り掛かり、腕時計を見る。
文字盤は七時五分を示していた。
確か約束の時間は七時だった筈だ。
「……もうしばらく待つか」
元より独り言のつもりの呟きだったが、何となく桃菜の反応を確認してしまう。
桃菜はずっと黙って、顔を隠すように俯いたままだ。
「あ、宗哉……。遅れてごめん……」
「お、来たか」
待っていた声に顔を上げると、雪と満束が小走りでやって来た。
二人を一纏めにするような表現をしたが、実際は満束が雪の4mくらい後に位置する。
足取りもややオドオドしている。
近付きたくないんだろうな……心底。
だが雪はそんな満束の態度を気にせず、手に持っている物を誇らしげに掲げた。
「……あった……!」
それは、黄色のフェルトで造られた小さなサイズの手作り御守りだった。
「あっ!」
桃菜が声をあげる。
視線を向けると、彼女は慌てて顔を伏せ直した。
だが、これで御守りが本物だと確信した。
「まさか……本当に見付かる、とは……思わなかった……」
「ありがとな、雪」
俺がそう言うと、雪は嬉しそうに頬を綻ばせた。
「おいコラ! オレにも感謝しろよテメェ!」
「ああ……そう言えばお前も居たっけ」
やはり数m距離を置いて抗議の声をあげている満束。
「居たっけって何だよ! オレもこれ探すのに貢献したぞ!?」
「お疲れ。もう帰って良いぞ、事の発端」
「う"……」
満束に向けて、片手でしっしと追い払う仕草を見せる。
彼は悔しそうに唸っているが、これだけ離れていては怖くも何ともない。
「帰れるもんなら帰ってるわ! ……オレも見付けたんだよ」
「は? 何を?」
「これ」
言いながら満束は、背後から何か取り出して俺に突き付けた。
いや──それが何かは、この距離でも一目瞭然だった。
「えっ!? 杏菜!?」
桃菜が叫んだ。
その声には、驚きというよりも恐れが多く滲んでいた。
「嘘……」
そして、茫然と呟きながら俺の後ろに回り込む。
背中に触れている小さな手が、震えていた。
「──そ、」
つい驚愕の声が出そうになったが、辛うじて平静を装う。
「そいつは……」
何か訊ねようとしたが、咄嗟の事で言葉が出てこず、語尾が消えてしまった。
だが満束は何となく俺の言いたい事を察したのか、掴んでいた杏菜の襟首を離した。
途端、杏菜は走り出した。
雪に向かって。
「ッ!」
「わっ……と」
そして、雪に飛び付く。
雪は軽く身をかわし、杏菜の手は空を掻いた。
両掌を地面に突くようにして着地した杏菜は、素早く起き上がって雪を睨みつけた。
「…………!」
今までと同じく、声を発する事は無い。
だが、無機物のようだった瞳には、今は確かに感情が滲んでいる。
「そいつだよ、オレが見たガキってのは。なんか知んねえけど、必死になって御守りを奪おうとすんだよ」
その一言を聞いて、俺の中で何かがカチリと音を立てた。
「杏菜」
俺の呼ぶ声に反応して、息の上がった杏菜が振り向く。
そして驚きの表情を浮かべた。
体の動きが停止し、目を見開いて小刻みに震えて始める。
俺は黙って彼女に歩み寄った。
雪が不思議そうに首を傾げる。
「杏菜、もう良い」
少女の目を見て、俺は静かに告げた。
「もう──演技は、良いんだ」
《13話・完》
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