雪風 2015-06-07 23:36:40 |
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暫く二人と一匹で縁側に座っていた。
それは哀しい時間だったが、それだけではない気がした。
どこか穏やかさを感じる。
そんな気持ちにさせてくれたのは、女性な人柄なのだと思った。
「君が自由になった頃に……」
女性が突然に語り掛けてくる。
「……え?」
「君が家族のしがらみとか何だとかが関係なく、君が君の意思で猫を飼えるようになった時に……」
「はい……」
「その時に、またおいでよ。この子を迎えに来なよ。」
僕の涙は知らずに止まっていた。
「君が自由になり、そして猫を飼える環境になった時、必ずこの子はここにいると思うのよ。今度はタイミング良くね。」
「いてくれますかね?」
「必ずいるわよ。だって、この子は君が大好きなんだから。今回は顔見せだったけど、次はきっと君の傍を離れない覚悟だと思うよ。君も覚悟しておいてね。」
女性は少しだけ笑った。
僕は思う。
今回、仔猫は心が弱っている僕を励ましに来たのかもしれない、と。
だって僕は、仔猫から無償の、いや、根拠の全く解らない好意を注がれ、それに心を踊らせた時間を貰ったのだから。
それが嬉しい時間だったのは間違いない。
さらに仔猫は、僕に目標をくれた。
自由になる機会を与えてくれた。
僕がお母さんから本気で離れていく覚悟を持つ切っ掛け作ってくれた。
僕の目標は、僕に無条件で好意を抱いてくれた、この仔猫を飼う環境を作ること。
それにはお母さんと離れなければならい。
お母さんはあの家に幸せを求めて再婚したのだから。
僕はあの家と離れ、仔猫と一緒に暮らせる家を持つ。
どれくらいの時間が掛かるのだろう。
目標に辿り着くまで。
それは定かではないけど、仔猫を迎い入れるために、最短の道を行く努力はするつもりだ。
「君が次にここに来た時、この子はどう君に挨拶するんだろうね。どう君に自分が自分であることを伝えようとするんだろう?」
女性は空を見上げている。
「きっとさ、一目散に君に駆け寄るよ。だってあの日、目も見えないのに迷わず君の所へたどり着いたんだから。今度は元気に飛び付いてくるんだろうね。」
僕は小さな笑い声をだす。
きっとそうだろうと思って。
仔猫の欠け方の耳をなでる。
次はこの耳も完璧な形をしているのだろう。
でも僕はこの耳も好きだ。
女性は膝の上に残された籠から僕がさっき渡した水色のタオルを取り出し、僕に渡した。
「この子が君にまた会うまで寂しくないようにさ、これに身体をくるんで埋葬させてね。ずっとこの子が君をそばに感じていられるように。」
受けとると、僕は女性の言うように頭以外の仔猫の身体にタオルに包み込んだ。
白い顔と水色のタオルはよく似合う。
「ありがとう、これでこの子も寂しくないね。」
女性が再び夜空を見上げるので、僕もそれに倣う。
都会の夜空に星は少ないが綺麗だと思った。
次に仔猫に会えるまで、本当にどれくらいかかるのだろう。最短の道をトオッタとしても何年も掛かるだろう。
年単位だと思うと永い時間だと感じた。
でも星空はその考えを簡単に打ち消してくれる。
だって、気の遠くなるほどの昔からこの夜空に鎮座している星々にとって、僕と仔猫が再会するまでの時間なんて大したことではないのだから。
それこそ、星々にとっては瞬きするくらいの時間だろう。
僕は暫く女性と夜空を眺めた。
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