短編です

やはりお母さんは、僕の為に再婚したのかもしれない。

勿論それだけではないとは思うが、それが大きな理由である気がした。

お母さんは僕に進学するよう、ことあるごとに言っていた。

でも僕は、

そんな余裕はないんでしょう。就職するからいいよ。

と笑って答えていた。
自分ではお母さんに気を遣わせないようにするつもりで。

すると、

ごめんね。でも、よくは知らないけど奨学金なんていうのがあるんでしょう？勉強は続けた方がいいんじゃないの？

そんな感じの言葉を返してくるの常だった。

それを聞くと、

そこまでする必要はないよ。勉強は好きじゃないから。僕は勉強するより早く働き者たいんだよ。

と、切り返すのが僕の常だった。

お母さんにとってそれは辛い言葉だったのではないだろうか。

自分の子供に、金銭のことで進学を諦めさせることに傷みを感じていたのではないか。

早く働きたい

という言葉は、イコール家計を助けたいということだと、

お母さんに言ったと同じだ。

もし、僕が進学することを、僕が考えているよりずっとお母さんが強く望んでいたのならば、

奨学金を使って進学をするよりお金を稼ぎ家計を助けたいと主張する僕を進学させる為に、再婚しかないと考えるに至ったかもしれない。

お母さんは、家が貧乏な限り僕が進学をしないと考えたのならば、それもあり得る。

お母さんはその状況を打開する為に再婚をした。

自分の不甲斐なさにまた落ち込む。

歩みが止まる。

僕は家を出てきてしまった。

お母さんに心配をかけると分かっていながら。

踵を返し家に向かっていた。

お母さんが、どう思って再婚したのか真意はきっと一生分からないだろう。
ただ妄想をふくらませているだけなのかもしれない。

しかし、どうであれこれ以上お母さんを苦しめることは止めようと思った。

今から僕に出来ること、

それは家に直ぐに帰り、お風呂に入ること。そして、お母さんが用意してくれている晩御飯を食べることだ。

そう思った。

歩きながら思う。

表情も改善しなければいけない。
辛気くさい顔をお母さんに見せてはいけない。

無理矢理に笑顔を作ってみた。
しかし上手くいかない。
鏡を見て確認するまでもない。自分の表情が硬いのが分かる。

そこで、周囲の通行人を意識しながら、笑顔をツクル助けになるかと考えて小さな笑い声を出してみた。

笑顔が出来た。それに少し気分が晴れた気がする。

すると重苦しい思考が浮かばなくなった。

自己暗示が上手じゃないか、と一瞬だけ自分を褒め称えたが、それは封印する。

これは暗示ではない。自分をちゃんと騙さなければならない。暗示であってはいけない。僕は真に気持ちが軽くなっているのだ。

しばらく家に向かって歩き続けると、駅から遠退き人通りがほとんど無くなった。

さっきより大きな声で笑い声を出してみる。

何だか心地良かった。

何故だか、結衣のことが頭に浮かんできた。

僕は結衣に対して、もっと心にゆとりを持って接して良いのではないか。そんな考えが頭を占める。今まで無かったことだ。

僕は結衣に引け目を感じているが、一体なににそれを感じる必要があるのだろう。

ただ結衣の父親と僕のお母さんが再婚しただけだ。

そこに僕が何かを感じるのは卑屈なことだ。
もちろん波風を立てるつもりはないが、もっと堂々としていよう。
そう思った。

家の前に着く。

門を越えて扉に近づく。

中に入りづらくないと言ったら嘘になるが、そう思わないことにした。

僕が卑屈になることは、お母さんを辛くさせることだ。

僕は、お父さんから貰いながらも使った事が今まで無かった、家の鍵をキーケースから取り出した。

もう呼び鈴を鳴らすつもりはない。

その時、家の中から言い合いをする大きな声が聞こえてきた。

「結衣！お母さんにそんな口をきくのは止めなさい！」

お父さんの怒声だ。
そして結衣の声が続く。

「この人はお母さんじゃない！お母さんは……あたしのお母さんは、あたしを産んでくれた人なんだから！……この人にお母さんになって欲しいなんて頼んだことない！……本当のお母さんかいい……本当の……。お母さんに会いたい……。」