匿名ゆき 2014-11-23 17:15:10 |
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○○○ために、睡眠薬、抗うつ剤を飲んでいる親友の変わっていく様子を見るのは、悲しい。
(何のためなのかは私には分からない、正確には。
逃れる、耐える、適応する、生きる。
仮にそうだとして、それは何のためだろうか?
彼に「復讐心」と話させるこの社会が、私は嫌いだ。
また、彼は私に、君がいるからと話してくれるが、私が明日もこの世に生きている保証はどこにもない。
個人の生死が他人の存在に依存してはならない、人間はすべて孤独のままに死ぬ。
…私の存在が彼を生に繋ぎ止め続けている、私が彼を苦しめているのか?
自分のために生きられなくなりつつある彼のそばで、自意識過剰な罪悪感に苛まれている。
ああ、私は厭な人間だ。)
そして、私は彼の表層しか、人間の表層しか見ていなかったのだと痛感させられる。
普段話される言葉の殆どは、話者にとって意味を持たないかもしれないのだ、と認識を改めなくてはならない。
しかし、話者の内面を映すような言葉は、話者にしか解決できない問題を含んでいる。
優しすぎる彼はそのことを理解した上で、他人に迷惑をかけないよう一人で抑え込み続けてきたのだろう。
私は彼が戻れなくなってしまったら、とてもつらい。
服用後の変容する知覚に戸惑い、叫び声をあげながら激情に身を擲つ彼を抱擁し、人生はどうにもならないことばかりなのだと話す私は、言葉の無意味さを知りながら嘯く。
君の存在に何度も助けられているのだと話す私は、存在の希薄さを知りながら涙声で伝える。
とても、死なないでほしいだなんて、無責任で無配慮なことは言えなかった。
それほどに親友なのだと思う。
私は厭な人間だ。
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