匿名ゆき 2014-11-23 17:15:10 |
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No.88 音楽ゲーム考察 追記
あれから5年経ち、数多くの楽曲が追加された。
依然として私は私からプログレという音楽ジャンルを切り離すことに失敗し続けているが、この長い年月で様々な楽曲に触れてきたので、追記を試みてみようと思う。
まず、「音楽ゲームと私」という一対一の関係が崩れ、「音楽ゲーム、ユーザー、私」という構図が生まれた。
ここではユーザーという冷たい言い方をしているが、これはもっと狭くいえば音楽ゲームを遊ぶ友人のことである。
受験期には殆ど誰とも関わることなく一人で熱中していた私も、大学に入るとすぐに友人ができ、金銭面での困難はあったけれども度々一緒にゲームセンターへ遊びに行くようになった。
好きな曲を繰り返し遊びがちであった私には、彼らの好みの楽曲の中に私が遊ぶことのなかったであろう好みの曲調の楽曲を探すのが楽しみだった。
彼らからすればお金が無いのに着いてきて鬱陶しい場合もあったかもしれない。
しかし、お金の無い私の事情を気遣って、あまり高額そうなお店を避けてくれるのを見ていると申し訳ない気持ちでいっぱいになり、二年次にとうとう人生初のバイトを始めた。
人生経験を豊かにしようという目的はなく、彼らと遊べる十分なお金と、個人的関心を潤してくれる書物や、大きな計算機が欲しいというのが背景にあった。
この年、私は再びポップンミュージックを始めた。
知らない楽曲も結構増えていたが、元の地力に戻るまでにはそう時間はかからなかった。
しかし、元の地力より少し上手くなった程度で切り上げ、今度は一番難しいとされている弐寺という機種を遊び始めた。
この弐寺という機種には、パソコン上で動くBMSという無料のシミュレータが存在しており、私は5年前このシミュレータをよく使っていた。
私の関わっていたサークルでも弐寺を遊んでいる人間が多かったが、私は少し遊ぶのを躊躇っていた。
というのも、BMSはキーボードをデバイスとして用いることを強制し、ゲームセンターに置いてある筐体とは全く違う環境でやらなければならなかったからだ。
皿曲と呼ばれる楽曲群はキーボードで遊ぶことが出来ず、ゲームセンターでしか遊ぶことができなかった。
皿曲が人並みに出来るまでには1年以上もかかった。
諦めない心と計画を立てることが大事です。
この皿曲と呼ばれるものから紹介しようかな。
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