青葉 2013-10-19 22:21:19 |
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「でも、どうしようか。掛井君の無実を皆に知ってもらうには、今となっては難しいわよ。早野君に会って本当の事を聞いたなんて、誰も信じてくれないものね。早野君を出さないで説明しようにも難しいし。」
初穂は続けてそう言った。
確かに幽霊の早野君が現れて本当の事を話したと言っても、誰も信じてくれないだろう。そして、皆に早野君自身が話したことと捉えてもらわなければ、この話の信憑性はなくなる。
「どうすれば掛井君の無罪が証明できるのかしら。何とかしたいけど……。」
そう初穂が言った。
その瞬間、早野君が笑い出す。とても可笑しそうに。
僕は夢で見た早野君の笑いを思い出す。首を吊りながら笑っていた早野君を。
それは、肯定的に相手をみていない笑いだ。
「もういいよ。初穂ちゃんがそんな良い人のわけないんだから。掛井君がどうなろうが、初穂ちゃんにはどうだっていいんだ。そんなこと僕には分かっているよ。止めなよ、その場しのぎのことを言うのは。」
初穂の顔に怒りの色が出る。
「早野君、あたしは本気で掛井君を助けたいと思ってるわ。」
早野君は笑いを懸命にこらえながら言う。
「もう本当にいいよ、初穂ちゃん。僕が何も知らないと思ってるの?初穂ちゃんが僕にしたことを。」
「あたしが早野君に何をしたと言うの!」
初穂が感情的に声をあげると、早野君は笑いを止めて真顔になる。
「僕の一番言いたいことは話したよ。でも、まだ終わりじゃない。初穂ちゃん、話していい?」
初穂は早野君の真剣な表情に気圧されたのか、頷きもしない。表情から余裕が消えていく。
「話は僕が掛井君にマリモの瓶の水をかけられて、掛井君が早退した後のことだよ。昼休中、僕のところに二人の女子が来たんだ。僕は昼休みも女子達に囲まれるのかとうんざりしたけど、違った。皆、掛井君の行動に圧倒されてそんな気も起きなかったみたいだったね。誰もが掛井君は僕に悪意をもって水をかけたと思ってたから。」
僕は訊く。
「二人は何をしに来たの?」
「二人は僕に謝りに来たんだよ。もう僕を困らせることはしないとね。」
早野君は変わらず僕には穏やかに対応している。
「何で二人はそんなことを言いにきたんだろう?いや、何でそんな心境になったんだろう?」
重ねて僕は訊いた。
「二人も初穂ちゃんと同じで、僕の涙を見ていたんだよ。それで後ろ暗い気持ちになったみたいだね。二人は、掛井君が僕に水をかけたのは、少なからず自分達のせいだと思ったんだ。何と説明すればいいかな。つまりね、掛井君が女子達のプレッシャーに負けたと思ったんだよ。僕を庇うことで女子から掛井君も良くは思われてなかったでしょう。それに掛井君が耐えられなくなって、あんなことをしたと考えたんだよ。あの行動は、女子からの心証を掛井君が回復しようとして起こしたこだと勘違いしたんだね。」
早野君の話は少々納得出来ない。
「早野君が虐めにあう前から、僕は既に女子とは敵対していたよ。」
前から初穂と折り合いが悪かった僕は、一学期の始めから女子に良くは思われない存在だった。
「そうだね。でも、僕を庇ったことで、本来はしなくてもいいはずの嫌な思いを掛井君はたくさんしていたよ。それは僕が一番分かっている。何度も申し訳ないと思ったからね。二人は、掛井君の心が折れて、以前からのことも含めて女子達との確執を無くす為、僕に水をかけるという行動をとったと思ったんだ。」
二人は、僕が女子のご機嫌を取るために、早野君にマリモの瓶の水をかけたと考えたということだろうか。
「とにかく二人は、まさか掛井君までが僕への虐めに参加するとは思わなかったと言った。そして、これから自分達は虐めをしないし今までのことを謝る、とも言ったよ。」
素直に謝ってきた二人を、早野君ならば容易に許すことが出来ただろうと僕は思った。
「あたしが早野君に何をしたと言うの?」
控えめな声で初穂が訊く。
「僕はね、二人に疑問をぶつけたんだ。何故、僕は女子から嫌われるようになったのかをね。それは前から訊きたかったことだった。何せ夏休みが終わった頃まで僕は女子から嫌がらせをされたことなんてなかったんだから。なのに突然に、本当に突然に、僕は嫌われ出した。いったい何でなのか知りたかった。僕に負い目を感じていた二人は、自分達がこの話を僕にしたとは誰にも言わないという条件で、それを教えてくれたよ。結論から言うと、僕が嫌われたのは……、いや虐められたのは、初穂ちゃんのせいだった。初穂ちゃんがクラスの女子達に僕を虐めるよう指図したからだったんだ。」
初穂の声がまた勢いを取り戻す。
「でたらめだわ!あたしは早野君を虐めろなんて誰かに命令したことなんてないわよ!早野君に有りもしないことを吹き込んだ二人って誰!?」
初穂はいかにも心外というような表情をした。
「誰かは言わないよ。言わない約束だからね。幽霊になったとはいえ約束は守らないと。それに、初穂ちゃんは誰にも命令なんてしていない。それは分かっているんだ。」
僕には早野君が何を言いたいのか分からなかった。それは初穂も同じらしく、
「二人の言っていることが嘘だと分かってるならば、あたしは悪くないじゃない!訳の分からないこと言うのは止めてよ!」
と、初穂は再び怒り出した。
「二人は嘘もでたらめも言っていないよ。さっき僕は言ったでしょう?結論から言うと、と。二人も、初穂ちゃんから僕を虐めろと命令された、なんて話はしなかったよ。」
初穂は、
「回りくどいわね。じゃあ何なのよ。結局、何が言いたいの?」
と、少し苛ついた様だった。そんな初穂に早野君は、
「初穂ちゃんは、クラスの女子達に、僕のことが嫌いだと宣言したんだよ。そして、暫く僕の悪口を陰で言い続けた。そうでしょう?そう二人は話してくれたよ。」
と言いながら初穂の顔を覗き込んだ。
「あたし、そんなことしてないわ。」
初穂は早野君から目をそらした。僅かだが、表情から動揺がみてとれた。
早野君は初穂の言葉を全く無視する。
「初穂ちゃんには分かっていたんだ。それだけで十分だということを。それだけすれば命令なんてしなくてもクラスの女子達がどう行動するかを。」
初穂が嫌う人は、クラスの女子達も嫌うということだろう。それだけ当時の初穂には影響力があった。そして女子達は、初穂に気に入られる為に、初穂に嫌われないように、早野君に嫌がらせを始める。僕も同じだった。僕は初穂と折り合いが悪かったが、他の女子とは何の問題もなかった。が、僕はほぼクラスの女子全員と対立することになっていた。
「クラスの女子達にとっては、決して初穂ちゃんに命令されたわけではなかったけど、それと同じことだったんだ。それから二人はね、初穂ちゃんへの不満も話してくれた。自分で僕を虐めるように仕向けておいて、いつもではないけど、虐めを注意されたと。そしてね、二人はこう言ったんだ。初穂ちゃんが僕の虐めを注意するのは、必ず先生が教室にいる時だと。分かるでしょう?掛井君。」
早野君は僕に話を振ってきた。
「え?」
突然のことで答えに詰まった。
「初穂ちゃんは先生の前では優等生でいたんだ。僕だけでなくクラスの女子達を犠牲にしてまでね。」
早野君はそう言うと、すぐに僕から初穂の方を向く。
「見事だったよ、初穂ちゃん。初穂ちゃんは、自分の手を下さずに、嫌いな僕を虐め、さらに大人達からの評判も勝ち取ったんだから。」
僕は間違えていた。早野君は初穂を買ってはいなかった。初穂を僕の味方にしようとしたのではなかった。
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