彪奈 2013-01-27 22:58:28 |
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がちゃん。
店内から聞こえてきた音にアントーニョは吃驚した。裏で育てている大好きなトマトたちに水を上げていたところ急に耳に入ってきたのだ。小走りに店内へと戻ると想像以上の光景が広がっていた。
「ロヴィーノ!?」
ぽたぽたと髪からは酒が垂れており、床に座っているロヴィーノの周りには散乱したグラスと思わしきガラスの破片に倒れたテーブルとイス。おそらく、テーブルかイスにつまづき派手に転んだところテーブルの上に置いてあった飲みかけのグラスが倒れてきてイスにぶつかり割れたのだろう。イスに小さなキズができていた。ロヴィーノはびくん、と体を震わせてアントーニョの方へと振り向いた。
「ご、ごめ…なさ。俺…、その…。あの」
グラスを割ってしまったところからの焦りと不安で言葉が突っかかっていた。それよりもアントーニョはロヴィーノの傍にしゃがみこみ動揺しながら尋ねた。さすがは接客業をやっているだけはある、店等の心配よりもお客の心配をしている。
「だ、大丈夫なん!?怪我とかしてへん?うわぁお酒、頭から被ってんな。ベタベタするやろ?いまタオル持ってくるで!」
「あっ、あ、おい。このくらい平気だぞ。それより…グラス、割っちまって…」
「そんなん後でで平気や!それよりも今はロヴィーノの方や」
慌ただしくアントーニョは奥へと駆けていけばすぐにまたタオルを持って戻ってくる。
「んー、…タオルだけじゃベタベタ取れないかもなぁ。あ、そうだ、お風呂入ったって。こっちやから」
「大丈夫だって、風呂くらい入んなくてもタオルで…」
「あかん!ロヴィーノの髪はせっかくサラサラなんやから髪を傷めないためにもお風呂にはいっとき?遠慮いらないから」
「う…」
ぐいぐいと引っ張られる手をロヴィーノは離せずそのままアントーニョに連れられ風呂場へとむかった。
「着替えは俺のでええ?ちょっと大きいかもしれないけど。タオルも一緒に置いとくからな!」
「…おう」
半ば強引に入れられた風呂。ロヴィーノは何処か不服そうにしながら湯船に浸かっていた。
一人での風呂は嫌いだ、水の所為でつるつる滑るから転びそうで怖いしシャワーの温度調整とかも難しい。ふぅ、と溜息をひとつ吐いた。
「せやけど…なんでロヴィーノ勝手に入ったんやろ?」
ロヴィーノが風呂に入っている間アントーニョは片付けをしていた。ところどころにある血はきっとガラスで肌を切ってしまったのだろう。ただそこまで多くないから安心だ。
小首を捻りつつ疑問について思考を巡りに巡らせる。しっかりと“cerrar”の札は向けたはずだし、と呟く。しかしアントーニョはそう深く考えなかった。初めてロヴィーノが来店した日から日は浅いものの一気に仲良くなった二人。ロヴィーノは用があれば例え閉まっていてでも入ってくる。今日もたまたまそうだっただけだろう。逆に何故今日、勝手に入ったことが気になったのかが不思議なくらいだ。すると、風呂場の方から声が聞こえた。
「おーい、アントーニョ!風呂場からどう行くんだよ、分かんねぇぞこのやろー!」
「今行くからそこで待っときー」
仲良くなってからロヴィーノの色々なことがしれた。仕事はしてない所謂ニートなこと、時々方向音痴なこと、口が悪いこと、面倒くさがりやなところ。素直に甘えることが下手でいつも意地ばっかり張っているも結局はヘタレなこと。それら一つ一つはアントーニョにとって可愛らしいことだった。ロヴィーノは年によらず結構子供らしいところもあり、接しているとなんだか子供相手をしているようだった。否、子供というか、なんというのだろう。そう、子分とでも言うのだろうか。
風呂場につけばロヴィーノはまだ髪に水滴がいくつかついていた。
「もー、ロヴィーノちゃんと拭いとかなきゃ風邪ひくで?」
「うるっせ。面倒臭かったんだよ」
「ほら、俺に任せて」
「やーめーろ!子供扱いしてるだろ!?」
「ロヴィーノが拭かんのが悪い」
タオルで優しく髪を傷つけないように気をつけながら拭いていく。むう、と眉を顰めつつロヴィーノはおとなしくしている。
ふとロヴィーノが口を開いた。
「なあ」
「ん?」
「あのさ」
「何?」
「……俺さ」
「なんやねんー、さっさと言うてみ?」
「…」
ロヴィーノは言いにくそうにあー。だの、うー。だのと漏らしてから小さな声でポツリといった。
「…今まで、ずっと黙ってたけど俺さ」
「…盲目なんだ……」
衝撃的だった。思わず髪を拭いていた手は止まり思考も止まる。気まずそうにふ、とロヴィーノの顔が下がったのが分かった。
「え?え?盲目?それって、目、見えないってことやん」
「おう」
「いつから?先天的?後天的?」
「多分、後天的。すげぇ小さい頃に…無くした」
「…知らんかった。なんで教えてくれなかったん?」
「だって、盲目ってバレたら面倒がられて…捨てられると思ったから」
「捨てるって…」
あほちゃうの?そう言いかけた。けど、言葉はなんとか喉元で止まった。捨てられると思うくらい、きっと彼は周りから迷惑がられ面倒がられ寂しい思いや嫌な思いなどをしてきたのだろう。一人ではなく弟と住んでいることも、グラスを掴む前に不自然な手の動きをしていたのも、いつも閉まっていても勝手に店に入ってくることも、今日テーブルにつまづいて転んだことも、全部全部見えないから。中には見えなくても慣れから出来ることもあるのだろう。それでも、できないものにはできないものもある。
「…捨てへんよ。絶対に捨てへん」
ぐ、と声に力を込めて言った。せめて、自分だけでも子供みたいな彼を大切に出来るように。そんな意味を込めて。もはや、母性愛だった。男が母性というのもおかしな気もするが。
「お前、バカじゃねぇの」
聞こえてきたロヴィーノの声は震えていた。嬉しそうな安心したようなそれでもって泣きそうな声。アントーニョは小さく微笑み述べる。
「そうかもなぁ、俺はバカかもしれん」
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