匿名さん 2024-01-05 19:35:07 |
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(屋根の上から姿を潜めるでもなく人間の動向を監視していた時だった。人間の表情が目に入ると一瞬、腰を浮かした。その人間は疲れた顔をしていた。単純な疲労では無い、もっと根本から全てに疲れたような顔。イナリはこのような顔が嫌いだった。こういう顔をしている人間はイナリの社で狼藉を働くか、そうでなければ社の柱に縄を結んで縊ろうとするからだ。事に及んだ瞬間に襲ってやるか──そう尻尾を逆立たせた時、それらは杞憂だということが分かった。バッグから取り出されたのは、縄でもなければ遺書でもなかった。五円銅貨。久方ぶりに見た人間の銭。人間は五円玉を取り出したかと思うと、賽銭箱の中に転がしたではないか。イナリは我が目を疑った。参拝なぞもう見られないかと思っていた。ふっと表情が緩んだ時、イナリは我が耳を疑った。)
シボウ……落ちる……?
(聞き慣れぬ言葉を拾うと、意味が理解できずただ復唱する。イナリは人間が嫌いではなかったが、人間の職業や身分についてはいまいち理解していなかった。イナリが知っている職業と言えば士農工商に加え、貴族や軍人程度だった。意味は理解出来なかったが、人間の表情から穏やかな言葉でないことは分かる。参拝の礼として、久方ぶりに人間と接触を図ってみようか。変化を解き本来の姿に戻ると、音を立てぬように屋根から飛び降り、人間の背後へと忍び寄る。ある程度まで近付くと、ゆっくりと口を開く)
そこのオナゴ。どこへ行く?外は未だ雨ぞ。
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