うちのこ大好き芸人 2020-10-21 12:37:06 |
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「 ……最初から、こんなの推理する必要なんて無かったんです 」
随分長いこと踊らされたものだと、また溜息が出そうになる。
「 明言・明記されていなければ、チョコが義理か本命かなんて、本人達のさじ加減でしかない。例えば、先輩が義理のつもりで俺にチョコを渡したとしても、俺がそれを本命だと思えば、俺にとってそれは本命チョコなんです。逆もまた然り。チョコ自体に〝本命〟〝義理〟というレッテルは貼れないということになる。やっぱり、このチョコは義理でも本命でもない、〝ただのチョコ〟なんです。……そして、先輩は、答えのない問題を出して、過去様々な謎を解いて調子に乗っている後輩を困らせたかった 」
「 ちょ、調子に乗っているとは思っていない 」
困らせる意図はあったのか。
「 しかし、問題を出されたからには答えは出さないといけないでしょう。このチョコが〝ただのチョコ〟だとすれば、今問われているのは〝先輩がどんなつもりでこのチョコを渡したのか〟という点です 」
さっきので終わりだと思っていたのか、叱られた子どものような顔をしていた先輩が、慌ててぴんと背筋を伸ばす。俺の話に耳を傾ける表情は真剣だ。
「 それを確かめる方法は簡単ですが、その前に、一つ。先輩は、俺が考え事をする時に、独り言を言う事を知っていました。そして、今日に限ってなかなか独り言を言わないことが気になった。だからこう言ったんです、『 今日はやけに静かなんだな 』と。勿論、普段がうるさいからその分気になった、と言われれば、反論は出来ません。だから、これはあくまで俺の推測ですが、先輩は、今日特に俺の独り言に注意を向けていたんじゃないですか? もし、そうならば。そんなものを聞きたがる理由なんて、一つです。先輩は、俺の考えていることを知りたかった。知りたいのが謎解きの思考順序なら、普段の謎解き問題で充分です。だとすれば、この場合、先輩が知りたかったのは、俺の〝先輩に対する感情・思考〟辺りでしょうか。俺が先輩の心情について読み取ろうとしている間、先輩は俺の心情を読み取ろうとしていたんです 」
先輩は、ただ静かに息を呑む。
「 その上で、訊きます。──先輩、これは本命チョコですか? 」
簡単な話だ。この人は、嘘がつけない。
先輩の考えを知りたければ、直接聞いてしまえばいい。
「 ……そ、そんなの推理になってない…… 」
「 いいえ。先輩の意図を解いたんですから、立派な推理です 」
苦し紛れの反論を打ち返されて、先輩はもう返す言葉が無いようだった。固く口を結び、ぐっと何かを堪えるような表情をしている。
徐々に温かくなってきたとはいえ、まだ日は短い。
午後五時半過ぎ。沈む夕日が、部室の中を赤く染めていた。
先輩の頬にも、赤が差す。
──もし、その理由を、先輩が西日のせいだと言ったのなら。
今は、そういうことにしておく。
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