徒然 2019-09-30 00:56:08 |
通報 |
竈門炭治郎という少年にあった時、まずその髪色と瞳の色に目を引かれた。
この国の人間の髪は、日の光に透けると赤く見えるのだが、その少年の髪は常に日が照っているかのように暖かい赤色をしていた。
瞳には日が浮かんでいる様で、温もりが西空の様に瞳に滲み出していた。
優しさが、誠実さが佇まいの美しさから伺える少年に、冬季はただ静かに目を伏せた。
少年の鬼狩りを見たのは、単なる偶然に過ぎない。
ただ、その日見た光景は冬季にとって忘れられない光景となった。
炭治郎が自ら斬った鬼を痛むように、優しく…ただ優しく、首を失った背を撫でたのだ。
その表情は、冬季が見かけた位置から見る事は出来なかったが、その背が暖かく美しいものに見えた事から、冬季は初めて見た時と同じようにただ目を伏せる事しか出来なかった。
…竈門炭治郎という少年が眩しかったからでは無い。
ただその温もりが、酷く目にしみてしまって、泣き出しそうになってしまうから逸らしたのだ。
小さく蝶番の軋む様な音に反応して顔を上げる。
辺りは林、蝶番を使っている様な建物がある様な都会ではなく、そもそも小屋もない。
しかし心当たりはある、炭治郎がいつも背負っている箱だ。
開いた扉から、幼い少女が出てきていた。
何故箱などに入れて少女を持ち歩く様な真似をするのか、と衝撃を受けたのもつかの間。
箱から出た少女は打出の小槌でも振るったかのように大きく、15かそこらの美しい娘の姿になった。
鬼の見分けが苦手な冬季にもわかった、あの少女は鬼だ。
箱の少女の顔に、感情らしきものは殆ど見えない。
幼子の様にどこを見ているのか分かりずらい、否…幼子の方がまだ分かり易い。
「禰豆子」
と炭治郎が穏やかに声を掛けた、慈しむ様な優しい声だった。
炭治郎と禰豆子という少女の関係は、冬季にはわからない。
だが、恐らく身内と呼べるものなのだろうというのは、炭治郎の優しい声が物語っていた。
「冬季」
名を、呼ばれた。
何時から気付かれて居たのだろう、最初からかもしれない。
覗き見のようになってしまった事が申し訳ない気持ちが半分。
鬼を匿っているという疑心と憎悪に近い何かが半分。
ゆっくりと、一人と一匹の前へ姿を現した。
「…いつから?」
「俺は鼻が効くんだ、冬季は羽織に藤の香を焚き染めているだろう?」
と、微笑みながら炭治郎が答える。
それも確かに聞きたくはあった、けれど…冬季が聞きたいのはそっちではなかった。
「何時から、鬼を連れていたんだい?」
鬼の姿は美しい。
美しいということは強いという事だ。
見目も確かに美しいが、その月を眺めてこちらを見ていない感情の希薄そうな瞳は、強い光を宿しているように思えた。
あの鬼は強い。
「………」
炭治郎は、まず冬季の瞳をじっと見た。
睨む様にではない、冬季が思わずたじろぐ程優しい視線だった。
「禰豆子は俺の妹です」
炭治郎が話した身の上話は、鬼殺隊で時折耳にする様な…悲しいよくある話であった。
ある日、一日家を空けていたら家族が皆殺しにされていた事。
母や弟妹達の血で作られた海で、唯一禰豆子だけが温もりがあった事。
医者に連れていこうとした禰豆子が鬼となって牙を向いた事。
よくある身の上話だった。
唯一違う事があるとすれば、禰豆子は兄を庇う様な行動をとったらしかった。
…だから、
だから、何だと言うのだろう。
冬季は炭治郎の視線を遮るように目を閉じた。
冬季達の母も、誰も喰わなかった。
姉の目を抉りはしたものの、どちらの目も喰ってはいなかった。
けれど姉は冬季達や父を守る為に、鬼殺隊に「斬れ」と言ったし、冬季は姉を守る為に斬った。
…運が、よかっただけなのだ。
冬季達は運良く姉が強かったから斬れた。
炭治郎は運良く禰豆子しか生き残らなかったから斬らない選択肢が選べた。
冬季の胸の内がどんどん苦しくなる。
ここで再び炭治郎を見てしまうと、禰豆子を見てしまうと、あの時した冬季の行動が間違いであった気がしてしまって、どうにも出来なくなってしまう…此処から一歩も進めなくなる様な気がしていた。
冷たい指が、冬季の両頬に触れた。
ハッとして目を開ければ、禰豆子の両の手が冬季の顔を包み込む様に優しく…鋭い爪が当たらぬ様柔らかく包んでいた。
禰豆子の瞳が緩く細められる。
…笑った、それはもう美しく。
おそらく、冬季が自分を殺す算段をしていると知った上で。
その瞬間、冬季の胸にストンと全てが落ちた。
母はこんな顔をしなかった。
爛々と目を光らせて肉を喰らわんとしていたし、弥生の目を抉って口を三日月の様に歪めていた。
人の皮を被った鬼であった。
禰豆子は違う、禰豆子は違った。
煌々と輝く目は水面に映る月の様に知性的で、竹筒に噛まされている口元はよく分からないが頬は柔く緩んでいた。
鬼の姿をした人であった。
「炭治郎」
冬季の視線は禰豆子の美しさに惹かれて、炭治郎を見てはいない。
けれど、炭治郎がこちらを見ているのは冬季にもわかった。
「君の妹は美しいね」
炭治郎が葉擦れの様に小さく笑ったのが聴こえた。
「善逸によく言われるよ」
トピック検索 |