きめつの

きめつの

徒然  2019-09-30 00:56:08 
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とあるトピックで作った伽羅設定が何となく気に入ってしまったので、短文もどきを細々書いて行こうと思ってコソコソ。

※きめつのやいば、の二次創作になるからできる限りコソコソする

※勝手によその子に設定をつけないように気を付ける

※勝手によその子を登場させるのをなるべく避ける、もしくは名前だけの登場に留める

以上の事を気をつけてコソコソ噺。
鳥頭だからちゃんとメモって置く事。

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  • No.1 by 徒然  2019-09-30 00:56:27 

冬季には剣の才能が無かった。
いや、有るには有るのだろう…だが鬼を斬る、鬼を殺すという事を考えれば冬季の剣の才はせいぜい下弦の鬼と相打ちが妥当だった。

冬季が得意であったのは、薬を作る事や薬膳を作る事。
表情や雰囲気こそ何処か人の寄り付きにくい冬季だが、人の気持ちを慮る能力の高い彼だからこそそう言った細々した他人の為の作業が得意であった。

変わって弟達は冬季に比べて大変剣の才が高かった。
冬季が師によって地面に叩きつけられているのを見てか、最初に剣の練習を始めたのは千夏だ。
千夏はその見目の艶めかしさから、幼い頃から少女と見紛えられていたが、道場に置いてあった素振り用の重い木刀を振る姿は武士の様で、誰よりも男らしかった。

花咲き誇る庭で宵闇に紛れ、月光に照らし出される姿を見かけた冬季は千夏の事を思わずには居られない。
あの子にだって好いた少女が居たのだ。

時折話題に出していたから、冬季はそれをよく知っている。
彼女の話をする時は、千夏は年相応の少年の顔で笑った。
あの時の様な頬の赤みも、白い歯を見せてはにかむ姿ももう見られぬのかもしれないと思うと、鬼への憎悪やら己の不甲斐なさやらが湧き上がる。
千夏はもう少女に会う事は出来ないだろうと思っているのだ、そして冬季もそう思っている。

千夏の次に刀を振るい始めたのは春木だ。
元より千夏と春木は口喧嘩の多い、悪友の様な兄弟であったから、千夏の始めた事を兄として真似ようとするのは目に見えている事だった。

春木と千夏が打ち合い稽古を始めた辺りから、二人が喧嘩になるのではないかと冬季は心配をしたのだが…。
剣術を磨き合う二人は実に真剣で、そこに邪な感情はなく
ただただお互いの剣術を磨き上げる事を第一に考えている様であった。
その様を見て、冬季は二人の美しさを感じ取り僅かに微笑みを浮かべたものの話し掛けなかったのをよく記憶している。
春木とは、冬季が母親を斬って以来会話をした事がなかった。

末弟の秋は剣術に興味を持たなかった。
…故に、だからこそ恐ろしいと言ったのは誰だっただろうか。
秋は気配を殺すのが誰よりも上手かった。
気が付けば師の背後をとっていたし、千夏や春木の背に虫を付けては逃げるのを見た事もある。
…冬季も、振り向くと後ろで秋が笑っていた事があった。
おそらく、秋こそが鬼殺隊に相応しい才能を秘めているのだろう。
あの柔らかい手のひらに刀が握られていたらと思うと暑くもないのに汗が額を伝う。

だから、だからこそ。
冬季は秋を鬼殺の場へ出したくはなかった。
秋が九つだからではなく、秋が弟であるからだ。
秋が冬季にとって愛らしい弟である限り、秋を戦場へ出すのはどうしても避けたかった。
嫉妬と言われてもいい、寧ろそちらの方が都合が良い。
家族にとって冬季とは嫌われた存在であった方が、冬季には都合が良いのだ。
冬季は親殺しであるから、親を殺した冬季は憎まれていた方がいい。

「其れがお前の意見かい?」

目を開くと、穏やかに微笑んだ姉が冬季の顔を覗き込んでいた。
…姉の弥生は耳が良い。
耳が良すぎて心の中を読まれてしまうのが、冬季にとってはほんの少し苦手な所だ。
数刻前の事を思い出す。
冬季には剣術の才能がない、故に練習しても能力の上がり幅は弟達より低いし微々たるものだ。
それでも、その事実を理由に剣を振るう事だけはあってはいけないと、師と共に剣術を磨いてきたつもりであった。
しかし、弟達の剣の腕と貪欲に力を求める心が冬季の予想を遥かに超えていた。

千夏に勝負を挑まれたのだ。
千夏と向き合い、お互いに剣を構えた時既に勝てないと感じた。
…感じてしまった。
そこからの勝負は一瞬であった。
こちらの一振よりも早く、千夏の一突きが冬季の首を射止めた。
…千夏は剣先が触れた時点で止まっていたから、痛みはなかった。
つまり、そんな僅かな力加減が出来る程、千夏は剣の腕を上げていたのだ。
千夏が「有難う御座いました」と納刀して頭を下げている間、後ろで腕を組んでいた春木の瞳が忘れられなかった。
それで、道場の真中で横になり、とうとう目の前に横たわってしまった事実に打ちひしがれていた所だったのだ。

姉の弥生は柔らかく、穏やかに微笑む人だ。
しかし、その根は強く、その心は何があろうと揺るがない堅牢さがあった。
実の母親が鬼となって、瞳を抉られた時だってそうだ。
熱が下がって目覚めた時、窪んだ眼窩に何も入って居ない事を知っても、「まあ有っても無くても変わる事は無いさ」と笑えてしまう様な人だ。

「冬季、おいで」

と、弥生が叩いたのは膝だ。
起き上がり、正面に座ったのだが…姉は緩く首を傾げてもう一度「おいで」と言った。
……弥生は、目が見えていないが耳が良い。
つまり、冬季が目の前に座った事はわかる筈だ。
弥生の意図を把握出来ずに、冬季は困った顔をしてしまう。
冬季の困惑を感じ取り、何か合点がいったらしい弥生は、鼓のように丸めた手をポンと叩いて

「冬季、膝においで」

と言った。
冬季は数拍置いて理解した後に「…姉上、オレはもう姉上の膝に乗れる大きさではありませんよ」と答えたが…弥生はすぐ

「では頭を乗せるといい」

と告げた。
確かに頭を乗せる事はいくつになっても出来る。
だからといって、されたいかと聞かれると冬季の場合は否だ。
もう既にそんな歳ではないし、姉の膝枕というのは何とも恥ずかしい。

「冬季」

優しい声色で、弥生は言う。

「冬季にとって、春木達が可愛い弟である様に、私にとって冬季はいくつになっても可愛い弟なんだぞ」

…冬季にはわかる。
姉とは生まれてきてずっと一緒に過ごして来たのだから、わかる。
冬季の兄もきっと解る。
つまりは「つべこべ言わずさっさと膝枕されろ」と言っているのだこれは。
姉は基本的に人の話を聞くような人では無い。
恥ずかしながら、嫌々ながら、冬季は弥生の膝に頭を乗せた。
弥生の膝は女人らしく柔らかく、安心感があった。

「冬季が誰の為に努力しているのかは、私も睦月も知っているよ」

ぽんぽん、と赤子をあやす様な優しい手つきで冬季の肩が叩かれた。
閉ざされた弥生の瞼には、そこにあるべき膨らみが無い、しかしその眼窩は確かに冬季を見ているようだった。

「千夏だって分かっているさ、それでも複雑な心がある、だから冬季に寄り添えない。…でも、冬季と共にある事は出来るからね」

理解してやってくれよ、と暗に言われている様だった。
そうか、あの子も鬼殺隊になりたいのか、と思わず表情を歪めてしまいそうになる。
眼球が奥から押されるような鈍い痛みが広がって来た。

「…春木は、少し混乱しているから冬季を嫌っているんだろうね。あの子は純粋だから、まだ母上の事を受け入れる事が出来ないんだろう」

春木は冬季をいつも憎む様な目で見ていた、親殺しを見る目だ。
最近の千夏との口喧嘩の内容も、冬季の事だという事を冬季は勿論、弟達を一番見ている兄…睦月も知っていた。

「冬季」

弥生の声色は何処までも優しい。
母が鬼として春木を襲った時すら、その声は優しかった。
誰かを叱る時も、窘めるような優しい声で話す。
その優しさがどうしようもなく冬季の胸に、針のように痛みを覚えさせた。

「すまないな」

喉の奥に焼けるような痛みが広がり、鼻に水が入った様な違和感が広がる。
ぼろぼろと溢れた涙を、誰かに見られない様にか、弥生が冬季の頭を優しく覆って抱き締めた。
弥生の心音は、声色と同じで優しくて穏やかだ。
冬季は弥生にどうか謝らないでと言いたかった、けれどそれは弥生も同じなのだ。
それを理解した。
弥生は冬季に「どうか嫌われないで」と言いたいのだ。

  • No.2 by 徒然  2019-09-30 02:32:22 

冬季が兄…睦月の異常に気付いたのはいつ頃だったか。

師となる人の家に引き取られて来た時からの事を考えると、おそらく最初から可笑しくはなっていたのだろう。
その日の夜には、もう既に真夜中だと言うのに家中を徘徊していると弟や師、師の家族から言われていたし
目が覚めた弥生など、何度か睦月の徘徊を見つけて連れ戻したりなどしていた。
理由は分かっている。

冬季が母を斬ったからだ。
睦月は気の弱さはあるものの、優しく責任感の強い長男であった。
だからこそ、冬季に母を斬らせてしまったという事が大きな衝撃で、心の傷だったのだろう。
その証拠に、睦月は母が鬼化した事を覚えていないらしく、何度か母を探しに出た事があった。
今は弥生が「母上は戻らん」と言ったので、落ち込みつつも秋を連れて日用品の買い出しや家事に精を出している。
それでも夜中の徘徊は止まらず、何度も何度も姉が連れ戻して居るようだった。

決定的に兄がおかしくなったのは、冬季が最終選別から帰ってきた時だ。
冬季は鬼を斬り、生き残りはしたものの、足は折れていたし疲労も強く。
包帯で止血していたが、如何せん失った血の量が多く、帰りついた瞬間玄関口で倒れて動けなくなってしまった。
その瞬間の、今にも死んでしまいそうなくらい青くなった睦月の顔が、意識の途切れる直前冬季の目に焼き付いた。
その後は三日は床から動けなかったので、弥生から聞いた話なのだが。

睦月が徘徊はしなくなったものの、夜中は道場に籠るようになったらしい。
木刀を握ったまま、ただ立っているだけ。
表情は徘徊している時と同じく、夢と現を彷徨う様な表情。
弥生が話し掛けても動かず、連れ出そうにも一歩も…頑として動こうとしない。
剣術を習いたいのかと、弥生が師に声を掛けても、動くこと無くただそこに佇むだけだったらしい。

体調が整い、後は刀が来るのを待つだけとなった時、冬季は睦月を訪ねる事にした。
元より夜中に自主的な鍛錬を積む事が殆どであった冬季にとって、真夜中に睦月のもとへ向かうのは容易い事ではあった。
今まで避けていたのは、罪悪感もあったのだろう。
ただ、今度ばかりは様子の違う兄を心配する気持ちが勝った。

道場へ足を踏み入れると、皮膚を刺されるような痛みが全身に走った。
冬の寒さに身を打たれた時と同じだ、冷気が道場を漂っていた。
入る前はそんなもの無かった、つまり…これは冬季を待っていたのだ。

冬季は足が凍えそうになるのを堪えて、一歩一歩睦月に歩み寄った。
月明かりが道場の中に差し込み、暗闇の中で反射する睦月の瞳は翡翠色に透けて見えた。

────ヒュウウ─…

風の逆巻く様な音、一瞬虎落笛と勘違いして睦月から意識を逸らしそうになるが、経験が警鐘を鳴らす。
これは呼吸音!!

後ろに飛び退いた冬季の鼻先を、睦月の木刀が掠めて行った。
木刀だというのに、まるで真剣のような圧力があった。
そして、冬季はあの太刀筋に覚えがあった。
剣の才が高くない冬季は、剣術や呼吸の知識だけはこれでもかと頭に詰めていた。

───水の呼吸、壱ノ型 水面斬り

何故、今の今まで刀を持った事すら無い筈の兄が? と考える暇さえ睦月は与えてくれない。

───水の呼吸、肆ノ型………

打ち潮が来る、回避方法を誤れば殺される。
何故かは分からないが、そうなる確信が冬季にはあった。
目の前にいるのは、見た目こそいつもと変わらない冬季の兄だ。
しかし、その中身は今は違う。

(剣士だ、名も知らぬ剣士!! 夜叉の様に無慈悲で、覚悟無いものはこの場で斬り殺す腹積もりだ!!)

下手に後ろに回避すれば、首の骨を折られる。
故に冬季は前に転がる様にして躱す、が。

(目が合った!!)

完全に読まれている、当然だ。
使った型を避ける方法など、使った本人が一番よく知っている。
振り返るな、足を止めるなと自分に言い聞かせながら、冬季は転がった勢いで立ち上がり、前に踏み込む。
手にしたのは、睦月と同じ木刀。

───水の呼吸、弐の型…

水車、と判断して上からの攻撃を受けんと木刀を構えるが…

───改 横水車

「げぅッ……!?」

肋骨が砕ける音が聞こえた、弾かれて地面を転がる。
肺が突然収縮させられた為か、大きく咳き込んだが…睦月はそれでも止まっていない。
冬季が呼吸を整えようと大きく息を吸いながら顔を上げれば、既に睦月はすぐ側で構えていた

───水の呼吸、漆ノ型 雫波紋突き

慌てて横に転がって避けるも、これでは防戦一方になるしか無いと冬季は必死に頭を回転させる。
正直に言おう、剣の才と力に関しては冬季は今の睦月に敵わない。
睦月の太刀筋は無駄が無く美しい、こんな時でなければ見惚れる程に美しい。
つまりは強いという事だ。

冬季は知識だけはきっと、睦月よりも多い。
人体の構造や、剣術、それぞれの呼吸の癖や方法……医学に必要だから詰め込んだ知識と、鬼を斬る為剣術の為と詰め込んだ知識が冬季にはあった。
この全てを活用すれば、睦月の一手先は見えるかもしれない。
いや、見えなければいけない。
今見えなければ、冬季は死ぬ。
睦月の姿をした何かに殺される。

一つ判明している事はこのまま睦月に技を出させれば、今の冬季の反応速度では受けきれないという事だ。
先程の雫波紋突きなんて、受ければ防御の隙を縫われて今頃冬季の腹に木刀が生える羽目になっていた。

師に教わった呼吸で睦月に立ち向かう。
呼吸で肺を破裂1歩手前まで膨れさせて、血管が拍動を加速させるのを鼓膜の内側で聴く。
放った一撃は、翡翠の凪いだ瞳が一瞬で見切り最小の動きで躱された。
その瞬間、周囲の光景が糊でもかけられた様に重たい動きに変わる。

(………殺される)

それだけ、たったそれだけを理解した。
睦月が構える、ゆっくりとした動きに見えるが最小限の動きは滑らかで無駄が無い。
死にたくはない、けれどこの技を躱す動きにはまだ入れない。

────水の呼吸…………

突然、睦月の目から光が消えた。
瞬間睦月の身体が前のめりに崩れ落ち、冬季の腕に収まる。
ずしりとした意識の無い重みに冬季も崩れ落ちるが、同時に冬季の全身が脱力し、呼吸が酷く乱れる。
全身を脂汗が伝う。
理由は不明だが生き残ったのだと、大きく呼吸を整えながら、冬季の腕の中で寝息を立てる兄を恐る恐る見る。
眉を八の字にして、心配そうな顔で眠る睦月…先程の容赦無い太刀筋を奮った人間とはとても結びつかない。
だが、事実だ。
睦月は水の呼吸を使い、冬季の覚悟を問うた。

(……何故?)

疑問と混乱が、冬季の心臓に早鐘を打たせる。
兄はその腕の中で不安げに魘されていた。

  • No.3 by 徒然  2019-10-03 01:03:50 

美しいものは強い。
冬季がそう考えるようになったのはいつ頃からだろうか。
美しいものは強い、姉は美しい。
見た目が美しいか、と言う意味は冬季の「美しい」という単語にはあまり含まれなかった。
冬季の姉、弥生は冬季にとって美しかった。
姉は浮世離れした雰囲気は持っていたが、決して村一番の美人等ではなかった。
見合いの席に呼び出されては、「もう少しお淑やかであれば」「べつの娘の様な気立ての良さが有れば」と口に出される様な、その程度の美人さであった。
冬季の瞳に映った弥生の美しさというのは、呼び出しておきながら文句を垂れる男達に「そうかい」と笑顔のまま返せる弥生の強さだった。

弥生は強かった、双子の兄弟である睦月の根性を全て吸い上げたのでは? と誰もが思う程肝が太かった。
山の狼が降りて来て人を襲うと言われれば松明片手に狼を追い回したし、肝試しに廃屋に入った子供が帰ってこないと聞けば埃まみれになりながら連れ戻して来た。
冬季も真冬の冷たい川へ足を滑らせた時、弥生が助けてくれた事があった。
身を切るような冷たい水の中に、年頃の娘が下着同然になってだ。
引き上げた冬季に、唇を紫色にしながら微笑んで脱いだ着物を掛けてくれた姿は、冬季にとってこの世の何より美しいものとして映った。

弥生は美しい、弥生の美しさは不変のものだ。
冬季には確信があった。
弥生は何時だって誰よりも強く、誰よりも肝が据わっていた。
母が鬼になった時だってそうだ。
母の帰宅を出迎えたのは春木と秋だった。
戸口に幽霊の如く立っていた母に、秋が駆け寄り、その秋を追い掛けて春木が母に近寄った。
この時母が幼い秋を襲わなかったのは、理性か…それとも本能か。
母は春木に掴みかかり、その鋭い牙を春木に突き立てようとした。
あの瞬間の春木の、何も理解出来ていなかった顔が冬季の記憶には強く焼き付いていた。

あんなに悲しい顔があるか? あんなに惨い表情がこの世にあっていいのか? あの凍りついた姿が弟の最後になるのか?

その時の恐怖が冬季の記憶へ深く深く、あの表情を焼き付けたのだろう。
その時に飛び込んで来たのが、異変を察知した姉だった。
誰よりも早く、誰よりも強かった姉は、弟と母を天秤にかける事無く、ただ襲いかかる彼女をまず引き剥がした。
崩れ落ちた春木の首根っこを引き摺って母から話したのは、春木と口喧嘩をしてばかりいた千夏で、ぽかんと口を開けたまま呆然としていた秋を抱えて離れたのは、いつも姉にしかられては弟の前だろうが泣いていた睦月だった。

遅ればせながら母に駆け寄った父は、弥生に「父上来るな」と穏やかに、しかし有無を言わさぬ声色で言われてその場に立ち尽くしていた。
冬季なんてもっと酷い、呆然と座り込んでいるだけだった。

母が踏み込むのが見えた。

「姉上!!」

冬季が伝えようと叫ぶより先に、母が弥生に羽交い締めにされたまま跳躍した。
鴨居に強く背中を打ち付けた弥生は母から手を離してしまい、母はその隙に弥生に喰らいつかんと掴みかかった。
弥生は母の顔面と、首を握る手とを掴んで、食い殺されない様に抵抗していた。

「睦月、冬季」

弥生の声は、異常事態にも関わらずとても落ち着いていた。
万力の様な強い力で弥生の首は握られている、さぞ呼吸はしにくいだろうが…弥生は何ともなさそうに微笑んでいた。

「鬼狩りを呼んでおいで、黒い…詰襟の蘭服を着ている奴だ」

見覚えはあった、何度か見掛けたこともあった。
時折刀を持っているとかで警官に追い掛けられていた姿も冬季の記憶に新しい。
あれは鬼狩りというのか、彼等なら弥生を救えるのかと冬季は立ち上がった。
睦月は「でも…!!」と弥生に近寄るが、弥生は「睦月」とだけ呼んだ。
その一言で、睦月の腹を決めさせるのは十分だったらしい。
睦月も立ち上がり、冬季と共に人里を駆けた。
ようやく見つけた鬼狩りと共に家に戻った時には、姉の瞳が無かった。
戻る迄の時間は、短寸を半分に折った線香が燃え尽きるくらいの時間だろうか。
その間に何があったのかは、わからない。
千夏は歯を鳴らす程震えてはいたものの、兄の春木と弟の秋を押し入れに閉じ込めて庇うように…威嚇する様に戸に張り付いていた。
父は情けない事に腰を抜かして、恐らく姉のものだろう目玉を一つ、両の手で包むように持ちながら呆然としていた。

鬼狩りがその光景に口を抑えて驚いていたのを見たし、睦月が悲鳴をあげて近寄ろうしたのを覚えている。
弥生は唇を切っていた、多分自分の歯で食いしばった時に切れたのだ。
痛いだろうに、駆け寄ろうとする睦月のを「睦月」と呼んで止めた。
……両の眼を抉られているというのに、穏やかな声色であった。

「私の母だ、どうにもしてやれない、弟を喰う前に切ってやってはくれないか」

卑怯な事を頼んでいるのはわかっている、と弥生は言った。
冬季は母を喪うかもしれないという衝撃よりも、姉を喪うかもしれないという恐怖の方が強く、動けずにいる鬼殺隊へ

「早く!!」

と声を荒らげた。
漸く刀を抜いた鬼殺隊へ、父が掴みかかった時の衝撃は、冬季に父を敬う気持ちを失わせるのに十分だった。
刀を持って遠くへ逃げようとする父に紐で括られた薪を勢いよく投げた時、父の頭から赤い血が飛び出たのは冬季にもよく見えた。
見えていない弥生にも聴こえたのだろう、「冬季?」と少し驚いた様な…しかし穏やかな声が聞こえた。
倒れて頭から血を流す父から刀を奪い取り、鬼に向かって走る。
鬼狩りが「頸を斬れ!!」と叫んだのが聞こえ、姉上を斬らないように、しかして鬼の頸を寸断する為に勢いよく。

刀を、振り下ろした。

  • No.4 by 徒然  2019-10-03 01:47:34 

竈門炭治郎という少年にあった時、まずその髪色と瞳の色に目を引かれた。
この国の人間の髪は、日の光に透けると赤く見えるのだが、その少年の髪は常に日が照っているかのように暖かい赤色をしていた。

瞳には日が浮かんでいる様で、温もりが西空の様に瞳に滲み出していた。
優しさが、誠実さが佇まいの美しさから伺える少年に、冬季はただ静かに目を伏せた。
少年の鬼狩りを見たのは、単なる偶然に過ぎない。

ただ、その日見た光景は冬季にとって忘れられない光景となった。
炭治郎が自ら斬った鬼を痛むように、優しく…ただ優しく、首を失った背を撫でたのだ。
その表情は、冬季が見かけた位置から見る事は出来なかったが、その背が暖かく美しいものに見えた事から、冬季は初めて見た時と同じようにただ目を伏せる事しか出来なかった。
…竈門炭治郎という少年が眩しかったからでは無い。
ただその温もりが、酷く目にしみてしまって、泣き出しそうになってしまうから逸らしたのだ。

小さく蝶番の軋む様な音に反応して顔を上げる。
辺りは林、蝶番を使っている様な建物がある様な都会ではなく、そもそも小屋もない。
しかし心当たりはある、炭治郎がいつも背負っている箱だ。

開いた扉から、幼い少女が出てきていた。
何故箱などに入れて少女を持ち歩く様な真似をするのか、と衝撃を受けたのもつかの間。
箱から出た少女は打出の小槌でも振るったかのように大きく、15かそこらの美しい娘の姿になった。

鬼の見分けが苦手な冬季にもわかった、あの少女は鬼だ。
箱の少女の顔に、感情らしきものは殆ど見えない。
幼子の様にどこを見ているのか分かりずらい、否…幼子の方がまだ分かり易い。

「禰豆子」

と炭治郎が穏やかに声を掛けた、慈しむ様な優しい声だった。
炭治郎と禰豆子という少女の関係は、冬季にはわからない。
だが、恐らく身内と呼べるものなのだろうというのは、炭治郎の優しい声が物語っていた。

「冬季」

名を、呼ばれた。
何時から気付かれて居たのだろう、最初からかもしれない。
覗き見のようになってしまった事が申し訳ない気持ちが半分。
鬼を匿っているという疑心と憎悪に近い何かが半分。
ゆっくりと、一人と一匹の前へ姿を現した。

「…いつから?」

「俺は鼻が効くんだ、冬季は羽織に藤の香を焚き染めているだろう?」

と、微笑みながら炭治郎が答える。
それも確かに聞きたくはあった、けれど…冬季が聞きたいのはそっちではなかった。

「何時から、鬼を連れていたんだい?」

鬼の姿は美しい。
美しいということは強いという事だ。
見目も確かに美しいが、その月を眺めてこちらを見ていない感情の希薄そうな瞳は、強い光を宿しているように思えた。
あの鬼は強い。

「………」

炭治郎は、まず冬季の瞳をじっと見た。
睨む様にではない、冬季が思わずたじろぐ程優しい視線だった。

「禰豆子は俺の妹です」

炭治郎が話した身の上話は、鬼殺隊で時折耳にする様な…悲しいよくある話であった。
ある日、一日家を空けていたら家族が皆殺しにされていた事。
母や弟妹達の血で作られた海で、唯一禰豆子だけが温もりがあった事。
医者に連れていこうとした禰豆子が鬼となって牙を向いた事。
よくある身の上話だった。
唯一違う事があるとすれば、禰豆子は兄を庇う様な行動をとったらしかった。

…だから、
だから、何だと言うのだろう。
冬季は炭治郎の視線を遮るように目を閉じた。

冬季達の母も、誰も喰わなかった。
姉の目を抉りはしたものの、どちらの目も喰ってはいなかった。
けれど姉は冬季達や父を守る為に、鬼殺隊に「斬れ」と言ったし、冬季は姉を守る為に斬った。
…運が、よかっただけなのだ。

冬季達は運良く姉が強かったから斬れた。
炭治郎は運良く禰豆子しか生き残らなかったから斬らない選択肢が選べた。

冬季の胸の内がどんどん苦しくなる。
ここで再び炭治郎を見てしまうと、禰豆子を見てしまうと、あの時した冬季の行動が間違いであった気がしてしまって、どうにも出来なくなってしまう…此処から一歩も進めなくなる様な気がしていた。

冷たい指が、冬季の両頬に触れた。

ハッとして目を開ければ、禰豆子の両の手が冬季の顔を包み込む様に優しく…鋭い爪が当たらぬ様柔らかく包んでいた。
禰豆子の瞳が緩く細められる。
…笑った、それはもう美しく。
おそらく、冬季が自分を殺す算段をしていると知った上で。

その瞬間、冬季の胸にストンと全てが落ちた。
母はこんな顔をしなかった。
爛々と目を光らせて肉を喰らわんとしていたし、弥生の目を抉って口を三日月の様に歪めていた。
人の皮を被った鬼であった。

禰豆子は違う、禰豆子は違った。
煌々と輝く目は水面に映る月の様に知性的で、竹筒に噛まされている口元はよく分からないが頬は柔く緩んでいた。
鬼の姿をした人であった。

「炭治郎」

冬季の視線は禰豆子の美しさに惹かれて、炭治郎を見てはいない。
けれど、炭治郎がこちらを見ているのは冬季にもわかった。

「君の妹は美しいね」

炭治郎が葉擦れの様に小さく笑ったのが聴こえた。

「善逸によく言われるよ」

  • No.5 by 徒然  2019-10-06 07:05:08 

己の感覚だけが頼りである。

桜は倒木に腰掛けて、名も知らない虫がメヒシバの葉を登っていくのを眺めていた。
時間帯は夜、森の中で少し開けた場所を、満月が煌々と照らしていた。
夜といえば鬼の活動時間、つまりは鬼殺隊の仕事をする時間である。

桜はそんな中で、ただ腰掛けていた。
勿論サボっている訳では無い、こう見えて桜は真面目な鬼殺隊士だ。
まして、無警戒で座っている訳でも無い。

かさり、とともすれば葉擦れの音に紛れてしまいそうな音がする時には、桜の手は自然と腰の刀を触れていた。

───ああ、来た。

桜の足が地面を強く蹴った。
体が浮く、美しい満月が近くなる。
ヒュウウ、と大きく息を吸う、風の逆巻く様な音だ…森ならば紛れる音。
重力が復活する、大地が桜に帰っておいでと手招く。
空中で体勢を変え、頭から地面に向かって墜ちる。
標的が目の前から消えた鬼が、困惑した様に空ぶった両腕を見つめているのが見えた。

───水の呼吸…壱ノ型

音の無い一閃であったと思う。
拘っている訳では無いが、桜は音を立てる事が余り好きでは無い…らしい。
らしいと言うのも、桜が記憶を失っている為に自己すら不安定な部分がある故の言葉だ。

過去に興味は無い、忘れたという事は忘れなければならなかったという事だ、と桜は勝手に思っている。
が、心の内にまだ「こうしていたい」と思う、思い続けている事があるのならば、続けたいとは思っていた。

「アアァァァァァァイヤァァァァアアアアア!?!??!??!?!?!!!?!」

汚い高音、というものは実在するものである。
なんというか聞くに耐えない甲高い悲鳴が、不快な耳鳴りを伴って接近して来ていた。
どんどん大きくなっている、声の出力が変わっていないのなら相当な速度で動いている事になる。
桜は声のする方を見つめる。

最初は点だった。
それは布に落ちた油が急速に拡がるように大きくなって、人の形になった。
金髪の少年である。

「アァアアァ!!!! ァ゙!?!?? 人!?」

少年が桜の姿を見つけた、涙やら鼻水やらでそれはもう汚い表情だが、そんな顔の少年から発せられたのは命乞いだとか助けを求める声などでは無かった。

「走って走って走って逃げてアアァァァ追い付かれる!!」

───落ち着け…。

首を激しく横に振りながらそれでも速度を緩めることなく走る少年に、馬を宥めるように両手を動かしてみるも、少年は落ち着く所かそのままの速度で桜に近寄り、桜の腕を捕まえて走り出した。
当然、引き摺られないように桜も大慌てで足を動かす羽目になる。

「落ち着けじゃないよ落ち着けじゃ!! いい!? 鬼が居るんだよ鬼が鬼が鬼がぁ!?!???? わかる!????」

走りながら叫ぶ少年の肺活量やら何やらに、素直に感心しつつ

───鬼を狩りに来てるのなら出会って当然だとは思うが。

と、困惑した感情で桜は少年を見る。
桜は全力で両足を動かしているのだが、どうやら少年は脚が早いらしく桜に合わせて速度を抑えてくれているようだった。

「わかる!! 当然だよね鬼を殺しに来てるんだもんね!? でもね自慢じゃないけど俺弱いんだよ!? 殺されちまうよ死にたくない!!」

───鬼殺隊としてそれは大丈夫なのか少年………。

桜は本気で少年の事が心配になって来る。
桜は馬鹿ではない、こと剣術においては普通の人間より経験があるようだった。
桜の腕を決して話さない手は、何も知らない少年の手ではない。
刀の振るい方、鬼の殺し方を知る手だ。
静と動の使い分け方を知る、剣士の手だ。
努力の積み重なりを手から感じるのに、桜の腕を握る手は怯えに塗り潰されている。

努力をしている、だからこの少年は強い、少なくとも桜達を追っている鬼なんて敵ではない程に。
だが少年は自分を信用していない、自分の力が信用出来ない。
このままでは本当に少年はいつか死んでしまう。

少年が木の虚に桜を引き摺りこんで縮まる。
少年の速度に合わせて、桜も素早く身を屈めたものの、額を強く打ち付けてしまった。

「ファッ!? ごめん痛かった!? いやでも急いで隠れないと死んじゃうからほんと我慢してね!!」

そう言いながら蹲っている少年は、根っこでは優しい人間なのだろうなと桜は感じる。
恐ろしいという感情は伝わっていたし、兎に角早く鬼から離れたいという気持ちは言動や表情からわかったが、それでも桜の腕を掴んで離さなかったし、桜が遅れないように速度を落としたりもした。

桜は激しく打ち付けた額を軽くさする。
多分後でたんこぶになるだろうが、少年が気遣ってくれただけで桜にとっては十分であったし、打って赤くなった場所を桜が気にしただけで、少年は申し訳なさそうな顔をした。

「…俺は我妻善逸。怪我させちゃってごめん」

───別にいい、反応が遅れた俺の落ち度だから。

何故かはわからないが、少年…善逸には桜はの思っている事が通じた。
別に口がきけない訳では無いが、声を発する事をやめてしまった桜にとって、善逸の言葉を必要としない会話は楽しいものに思えた。

「そっちの名前は?」

純粋な疑問。
だが、桜にとっては桜自身も知りたい問題ではある。
思わずちょっと思考が停止する、どう答えるべきだろうか? …と。

「えっ…なんで困惑するの名前だよ…?」

善逸少年が困った顔をするので、桜は何とか説明しようと頭を回す。
あまり深い事情を話してしまうのは、善逸に悪いと思うので、取り敢えず記憶喪失である事、名前も忘れてしまった事を伝える。

───仮の名は桜。

と、言いながら腰の刀を僅かに前に出して善逸少年に見せる。
善逸は「ああ、透かし彫りから?」と納得した様だった。
そして、次の瞬間驚いた顔になる。

「刀!? 二本!? 日輪刀!?」

あんまりにも大きな声だったから、再び鳴き始めていた虫達は再び静まり返った。
今更気付いたのか、と桜の仲で呆れが顔を出す。
羽織りがいけないのだろうかとは思うけれど、桜が着ているのは何処からどう見ても鬼滅隊支給の隊服だ。

「………強い?」

縋る様な表情だった。
そりゃあそうだ、と桜は理解する。
自分の力を信用出来ないなら他人の力に頼るしかない。

───そこそこ。

そう桜が短く伝えれば、善逸は安堵したようで小さく息を吐いた。

己の感覚だけが頼りである。

その瞬間は殆ど反射で動いていたように思う。
善逸少年が反応して、頭を上げそうになるのを掴んで地面に押し付けつつ桜も全力で伏せる。
先程まで2人の首のあった位置が鋭い爪で抉り取られた。
鬼だ、血走ったあの目は飢えた鬼だ、人を喰う鬼だ。
桜は善逸を掴んだ腕をそのまま刀へ持っていき、一歩前進しながら頸を一閃して斬り落とした。
そして、斬りながら気付いた。

───しまった、桜の透かし彫り…!!

桜は腰に二本佩刀している。
事情があるとはいえ、いつも刀を間違えるから常日頃から問題にしていた。
日輪刀は菊の透かし彫りの方で、桜の透かし彫りはただの刀だ。

転がった鬼の首から髪の毛が伸びて桜の足を搦め取り、首を鬼の腕が掴んだ。

「………ッ!!!!」

激痛が走った、桜の脚に鬼が食らいついたのだ。

「雷の呼吸、壱ノ型」

シィイイと、蛇の威嚇に似た鋭い音が桜の耳に届いた。
後は、雷鳴。

鬼は何が起きたのかわからないと言いたげな顔で灰になっていく。
それはそうだ、あの速度の剣を咄嗟で反応できるのは剣の道に長く精通した人間だけだろう。
極抜かれた居合の一太刀だった。

───善逸

納刀した後、幽霊の様に立ち尽くす相手に近寄ればそのまま後ろに倒れようとするものだから、桜は慌てて駆け寄り頭を打たないように受け止める。

「……ふにゃ」

善逸は鼻風船を作って眠っていた。

───どうしようコレ…。

桜は隠の到着を待ちながら、取り敢えず膝を少年の枕代わりにしておいた。

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