カタバミ 2018-03-01 19:09:33 |
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(面会の時間よりも少し遅くなってしまい慌てて施設へ辿りつき、受付の女性に昨夜連絡を入れた事を伝える。体調に急な異変もなく、何かに妨げられる事もないままとうの昔から覚えている通路の先へと進み、地下一階に続く階段を下りていった。清潔を重視された床は人工的な明かりを反射し、白いそれはより白く輝きを帯びている。さっぱりとした綺麗な印象と共に、それでいて人の行き交う空気が流れているにも関わらず妙に殺風景なようにも見える。けど、しばらくいれば知らずのうちに慣れていき、そして家に帰って、別の時に訪れればまたそんな雰囲気を受ける。私はいつも、そう感じてしまう。
「008」と書かれている番号を横目に扉を開けた。先程までいた所とは違って、幅も高さもあまりないこの小部屋はひんやりとした温度が次の部屋の境界に立つ扉のほんの僅かな間から滲み出ている。隅の方に置かれているクローゼットから上着を取り出し、それを着てから同じく用意された手袋を両手にはめた。これで準備は大丈夫だ。)
……翔太ー。来たよ。ちょっと遅れちゃってごめんねえ。
(片手をひらひらと降って、声をかけ終えてはすぐに扉を閉めた。いくら冷房があるからといっても開けたままにしておく訳にはいかない。翔太は丸い目を輝かせて「お母さん」と元気良くしながら小走りで寄ってきた。さっきの人からもそれなりに聞いてはいたが、やっぱり実際に活発な様子を見れば心から安心する。意図せずとも頬は上がった。兎みたく跳ねる姿は可愛くて堪らないが、少しは落ち着きなさいと口頭でやんわり抑える。お互いに椅子へ座り、テーブルを挟んで正面を合わせながら話をする事にした。恐竜の絵を描いたらかっこいいと褒められた。また新しい漢字を覚えたなどと、楽しげに言う。反応を表に出しながら、ついつい大げさなほどに褒めてしまう。傍から見ればかなりの親バカかもしれないが、それくらいは許してほしい。だって、それは本当ならば親がその場で褒めたり、小学校の先生だけでなく私も教える事が出来たはずなのだ。この子の体質さえなければ。…分かっている。頭ではちゃんと理解しているが、人肌にさえ接触して火傷を負ってしまうのが原因で愛してやまない子供を力強く抱きしめるどころか、直接触れる事さえしてはならない。そう思うと悔しさと悲しさが更に蓄積されていく。まだ十歳にも届いていないのに、生んでから数年で施設へ送らざるをえなくなった。どうして、どうしてこんなにも早く親の温もりから引き剥がされてしまったのか───。
いけない。今はこんな感情に飲み込まれていい時間ではない。もう一度、しっかりと翔太に耳を傾けなければ。)
・人肌の温度で火傷を負う、魚のような肌を持つ息子。
・我が子に触れたい、抱きしめたいと思っても叶う事のない母親。
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