匿名さん 2018-01-12 23:24:47 |
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( 自身が紡いだ言葉だというのに、言葉という概念でしかないのに、其れは確かな質量を持って重く心に圧し掛かる。周囲の空気は薄氷のように張り詰め、然し直ぐに彼が発した音により弛緩する。そう、せざるを得なかったのだ。と態々肯定するのも憚られ、結局微かに口角を釣り上げる事しか出来なかった。
胸元に顔を埋めていた彼が、ふと面を上げた気配を感じると視線を遣り。蝋燭しか光源のない闇の中、至近距離で交わる碧と緑、互いの双眸に映る姿は自分たちのみ。翳を落とした深い緑が何を考え何を思っているのかは分からないが、送られる視線は極めて優しく感じられる。黒い睫毛を頻りに瞬かせ乍も、彼の一挙手一投足を見守るように見詰め。軈て腰に留めておいた褐色の腕は梳くように、撫ぜるように黒髪に指を通し始め、随分と久方振りに感じる心地好いその感覚に自然と目許を細め。
──何故、彼はこんなにも優しいのだろう。自身より美しい見目をした手解きの良い娼婦なんて幾らでもいたろうに。その上、仕事という鎖すらも解いて構わない、だなんて。無意識下で心の深い奥底に、彼の事をもっと知りたいという欲求が静かに芽吹くと同時に滲み出るような優しさに思わず碧の瞳に薄い水の膜が張る。眦に煌めく雫を決して零すまいと、一介の客人にしか過ぎない彼に、余計な心配を掛けてはいけないと無理矢理に笑顔を作る。それも酷く不格好なものだろうから、表情は見られないように僅かに上を向いた頭を後頭部に回した掌でやんわりと再び胸元に持っていき、微かに震えた声音を洩らし。 )
貴男は、とても優しいお方なんですね。──……はい、お言葉に甘えて、今夜限りは自然体で居させてもらいます。……貴男のようなお客様に巡り会えたのなら、それだけで私は僥倖です。あまり多くはお教え出来ないけれど、こんな私の事で良ければ喜んでお教えします。
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