2016-09-04 15:56:06 |
通報 |
→ 傑 / すぐる
( 学校帰りの習慣となった本屋への寄り道、今日も今日とてその習慣は日常と化して自然と足が本屋に向かう。最早顔見知りとなった店主に軽く頭を下げつつ踏み入れた先は紙とインクの独特な匂い漂う何処か古びた小さな本屋。店主とその奥さんで切り盛りしているらしいその店は、デパートにある大きな本屋よりも落ち着いていて、漫画やライトノベルといった類の物は殆ど無い。いつから読んでいるのか、四隅が少し黄ばんだ様に見える文庫本片手に笑みを浮かべる店主の趣味を詰め込んだような、そんな素敵な空間だった。その空間が、匂いが、雰囲気が好きで、店主に顔を覚えられるほどに通いつめている。" 入荷しました "とボールペンか何かで書かれただけの質素な貼り紙がされたエリアに移動し明らかに新しく沢山積み上げられた文庫本を手に取り捲る。ぺらり、という本の音が心地好かった。暫く読み進んでいった後にこの店では珍しい恋物語の詰め合わせの様なそれに少し驚きつつ店主を見ると、分厚い眼鏡を外してこそりと奥さんを指さす。どうやらこれは奥さんの趣味らしい、落ち着いていて柔らかな雰囲気をもつあの人の趣味なら頷ける、と首を振った。余り自分も読む機会など無い故ふむふむと読み進んでいくと、見覚えのある名前に少しだけ心拍が上がる。みのり、と書かれた主人公の名前は自分に最も近く遠い存在である双子の妹の名前だった。正しくは穣、と書くのだが本人はなかなか読んでもらえないことに小さなコンプレックスを抱えている、至って普通の女子高生である。可笑しいのは自分だけ。じとりと滲む手汗を制服のズボンで拭っては強く拳を握った。 __ 一般的に二卵性双生児というのは顔が似ていない。一卵性双生児は元は一つの個体であり生命体で、それが二つに分割しただけなので同姓で、顔は他人から見れば分からないほどに似ていることも珍しくないが、二卵性双生児は最初から二つの個体から出来ている。遺伝子は殆ど同じ、ただ全く違う細胞から出来上がる。その為性別が違うことも珍しくなく顔も殆ど似ていないことも。自身の場合もそうであり、異性で顔は全くと言っていいほど似ていない。穣のぱっちりとした二重の瞳も、小ぶりで色鮮やかな唇も、すらりとした指もなにもかも持っていない。___ そんなの、まるで他人と同じだ。 ぽつりとつぶやいた言葉に許されることの無い想いが隠れているのは知っている。決して口に出すことは出来ない想いを覆い隠して生きてきた。仮面はそうやすやすと外してやる気なんて無いのだ。でも、だから、少しだけ、心癒されるものが欲しかった。頭は悪い方ではない。勿論こんなの気休め程度だと分かっていたけれど、無いよりはマシだ。パタンと閉じた文庫本を脇に挟み店主に差し出す。珍しいね、なんて言われると恥ずかしさで目を逸らしながら「 少し興味がわいて 」何て当たり障りのない答えを瞬時に口から零しお金を渡すと、茶色いカバーを付けた恋物語を大切に抱えて外に踏み出す。今日も今日とて、報われない想いを秘めて想い人の居る家へ帰っていこうとして。 )
トピック検索 |