2016-09-04 15:56:06 |
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→ 雛 / ひな
…… まいご?
( 声を掛けたのは只の気紛れ、その人に一目惚れしたとか可哀想だと思ったなんて感情はなかったけれど、何となく声を掛けたいと感じたから。薄汚れたペラペラのパーカーに擦り切れたジーンズ、歩く度に水が染み出すスニーカー。何処をどう見ても自分と真逆の境遇に置かれている彼を見て感じたのは、ああ、こういう人もいるのかということ。勿論その考え方が残酷だとか最低だなんて私には分かるはずなくて、何時もお父様が仰っていたことだったから。静かな雨が降り注ぐなか、傘もささずにのらりくらり歩く彼はその姿に似つかわしくないほどに美しい顔立ちを持って、最早色を失った唇は私を見た途端にしゅるり、と弧を描いた。___ 「 かわいいねェ 」。そんなことを言われたのは初めてではなかったけれど、その唇から紡がれたたった一言は驚くほど鮮明に頭に叩き込まれ、ずきんずきんと頭が鐘を鳴らす。多分、きっと絶対、これは恋だと確信した。一緒に住みたい、とまで思った。とにかくひたすらにお父様とお母様を説得して何度も平手打ちを受けて閉じ込められてご飯も貰えなくて本当に自分が消えてしまうんじゃないか、なんて思ったけれど。お父様もお母様も大ッ嫌いだったし、もういっそのこと消えても良かった。只心残りだったのは、必ず迎えに行くと誓ってしまったあの彼だけ、ただ彼がいれば私は幸せだったのに。ぐるぐると渦巻く真っ黒い感情に飲み込まれながら、意識が黒いカイブツに飲み込まれていく。しゅるり、何処かで聞いたような音がした。私が私でいられたのはこの時までだなんて、目覚めた後には知る由もない。きっと。喜びも悲しみもまだ知らない、私は深い暗闇に堕ちていった。 )
→ 桐 / きり
あァ、こンなことになるとはねェ……
( 死んだように眠るお偉いさんらしいオッサンとオバサンは、何処か人間味の無い顔をしていた。あの子にソックリな死.んだ目。可哀想な少女。まるでもうこの世に存在しないような程に真っ白い肌に鮮烈な赤を乗せた唇、そして光のない真っ黒の瞳。それとは似つかわしくない位煌びやかな服は異色を放っている。苛立ちでオッサンの鼻筋を殴るとたらりと鼻血を出したけど、決して起きはしない。オバサンは水をぶッかけて化粧ドロドロの妖怪にしてやった。勿論殺.してなんかいない、ただほんのすこーしだけ、眠って貰っているだけ。……愛する少女を助けるために。オッサンの枕の下に隠してあった鍵、それはあの子を隠している部屋。馬鹿でかいお屋敷の庭にある隠し扉の鍵を空けて階段を下りていくと、薄汚れて窮屈な小道の奥に牢屋のような部屋があった。正直予想だにしていなかった程人間扱いされていないような部屋に怒りがふつふつと湧き出る。その中で横たわる、やせ細った小さな少女。しゅるり、と唇が弧を描いた。可愛い可愛いオンナノコ。牢屋に入って抱き上げると見た目より遥かに軽い少女は薄く瞼を開いて、驚いたような顔をして、そして嘲笑うかのように唇を歪めた。ぐい、と顔を耳元に近づけてその真っ赤な唇から悪魔のように天使のように、言葉をこぼす。 )
「 ____ ひなをうばって。あくまさん 」
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