都々 2016-06-18 21:21:15 |
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一面に広がる青と白。凪いだ風が水面を揺らし、足をつけているその場所が空の中ではなく風景を逆さまに映し出す水の中だと教えてくれる。足首まで浸かっているそこは酷く柔らかく、冷たいような感覚は確かにあるものの素足が冷えていくことはなかった。
ここはどこだろう。見渡す限りの空の色は己以外の影を水面に落とすことなくどこまでも続いている。ぐるりと辺りを見渡した後、ふと目線を下に落とすと足の下に線路が引かれていることに気付く。
────電車。何かの記憶が頭を掠めた気がしたが、一瞬後には全ての思考が掻き消えていた。
視線を前方に戻す。先程まで何もなかったはずのその場所に、駅が建っていた。短いホーム、古びたベンチ、駅舎すらない無人の小さな駅。不思議と驚きはなかった。どこかそれが当然のようにすら思えた。右手の中に違和感を感じる。いつから握り締めていたのか、開いた手の中には切符が一枚。ぼんやりとそれを見つめ、導かれるようにホームに立つ。
永遠に続くかと思われた静寂の中に人工的な音が加わる。水の中に一本引かれた線路を追っていくと、遠くから電車がやってくるのが見えた。ああ、己はこれに乗るのだと、何故だかそれを初めから知っていた。この切符が行きしか使えないこと、帰りの切符は二度と買えないことも。
目の前で一両のみの電車が止まる。音を立てながら開く扉に一度大きく息を吸い込み、緩やかにそれを吐き出しながら足を踏み出した。
少しの切なさと幸福感に満たされる中、そういえばと体を反転させる。同時に扉が閉まり、晴れ渡っていた筈の外は暗闇に包まれていて駅を見ることすら叶いそうになかった。抱いた疑問に対する答えは得られなかったが、大したことではないだろう。ここにはもう戻らないのだから。
右手に持っていた筈の切符はいつの間にか何処かへ消えてしまっていた。眠気はなかったが、少しずつ視界が黒に染まっていく。──あの駅は、何という名前だったのだろう。
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