都々 2016-06-18 21:21:15 |
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( 体が軋む。右腕は随分前から使い物にならないし、足は棒のように重く鉛のようだ。いつ倒れてしまってもおかしくない。もしかするとすぐ後ろから敵が現れるかもしれない。それでも今は前に進まなければ。息が上がり喉から妙な音が溢れ出す。日頃の運動不足をこんなにも悔いる日が来るとは思いもしなかった。転びそうになる度、バランスが崩れる己の身体が忌まわしい。けれどこの先に彼がいる。今もたった一人で、確かに生きている。あの時彼の手を取ったのは私だ。だからこうして彼のいる場所が分かる。彼の思いが痛いほど、分かるのだ。鬱蒼と茂るばかりだった木々が少なくなり、漸く開けた場所へと出る。血に塗れた草花、枯れた木に背を預けボロボロになったあの人がいた。ぐったりと座り込んでいた彼の頭が僅かに持ち上がり、乱れた前髪の隙間からその瞳が此方を向く。美しい金色の瞳にはやはり暗い影が今もどうしようもなく漂っている。__彼の瞳には最初から絶望しかなかった。知っていながら先延ばしにしていた。だからこの状況は私が引き起こした。私が背負わなければならないものだ。彼がそっと己の刀を此方に向ける。刃をではない、柄をだ。言葉を交わすまでもなく彼の望みが手に取るように分かった。初めから、出会った時から彼はそれを私に望んでいたのだから。私は刀を受け取り、そしてその刃を己の左胸に突き立てた。息を飲む音が間近で聞こえる。その瞬間、刀はなくなり胸の傷も瞬く間に塞がっていった。同時に息が上がる感覚も、あれ程感じていた疲労感も、煩い程鳴り響いたいたはずの心音も、すっかり消え失せてしまっていた。「 ごめんなさい、これは全部私の我儘 」こうすると決めていた。彼の思いを知って、彼の刀の特性を知って、私の本当のことを知った時から。それが死を思う彼にとって最も残酷な仕打ちだと分かっていながら。それでもひとりきりのまま、彼を死なせたくないと願ってしまったから。今にも泣き出してしまいそうな彼の手を取る。こんな表情を見せてくれたのは初めてで、少し嬉しいと感じてしまう私はやっぱり大馬鹿者だ。違和感を感じて下へ視線を向ければ、私も彼も手が震えている。恐怖からだろうか、それとも不安だからだろうか。もしかしたら彼の震えは憤りからかもしれない。それでも良い、これで私の命は彼のものだ。彼の命が失われたならば、同時に私の命も散るだろう。彼は生きなければならない、彼が私の命を守ろうとする限り。しっかりと彼の瞳を見つめる。もう逃げない、先延ばしにするつもりもない。そこには未だ絶望が色濃く残っていたが、視線が外されることは決してなかった。言葉を告げようと開いた口から白い息が吐き出されることは永遠になく、彼と繋いだこの手に温もりが帰ることも二度とない。けれど、彼の手から伝わる温もりを私は確かに感じていた。それだけで十分だった。 )
私を許さなくて構わない。恨んだって良い。だから今は、今だけは、
□ わたしといっしょにいきてほしい
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