神技(シンギ) 2015-12-06 05:44:43 ID:e387a492e |
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「ラッシュ・ハート、こちらは終わったゾ?今回も実に骨が無く退屈だった。教団の幹部だとかナントカ吠えていたわリには有象無象の団員達と変わリ無かったなァ。」
『能力の差であろう。…しかし貴様は殺り過ぎる節があるからな。後始末の事も少しは考慮しろ。』
高架下に被せるように設立された公園より端末にて連絡事項を知らせる少女。
大きく面積を余らしたオーバーコートの内から細々とした手足とクリクリとした癖のある白髪を伸ばし、口内よりゴム質の化学合成物を含む咀嚼音を響かせる。
クチクチ、クチャクチャと。
犬歯を合成物内に刺し入れると、歯軋りするように顎を歪め懇切丁寧に磨り潰す。
原型を無くし唾液との混ぜ物となったガムは舌先で転がされ、元の球体へと変異する。
何度か口内で同じ動作を繰り返すも、余程退屈なのか自身の髪を一撫ですると腰掛けていたシーソーから立ち上がり歩み始める。
「下働きの奴にまで気を掛けるとカ普通じゃないわ。結局のところオシゴトな訳だし、それを減らしてやるッてのは酷な訳。それに…」
「刹那主義者に愉しむなッて方が無理なワケ。」
歩みの先で伏した教団員の頭部に脚を掛けると、踵から踏み抜くように軽く膝を伸ばし笑みを浮かべる。
ブチュッ、と赤い球体野菜を潰すような音が響く。
意味も見出だされずに形成された水溜まり。
無駄に部下の処理作業を増やしただけの少女はその場でバレリーナの様な片足回りを行いながら、端末から声を発する。
含み笑いを込めながら。
「月島望クン。良い配水管になッてくれるかナ?」
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和藤拓は辟易していた。
コソコソと自販機壊しを行うよりも働いた方が確実に金を稼げる、そう考えた自分への恨みも込めて。
コーヒーカップが山程乗った盆を運びながら店の裏へと歩いていく少年は度々、胸部だけは盛り上がった婦警のお世話になる程度にはフマジメであった。
「(元はと言えば学校停学になるバカ仕出かした俺の責任ではあるが、何であの爆乳は自販機荒らしする度にエンカウントするんだよ…。)」
自販機荒らしをする→巡回中の婦警に見つかる→学校停学を頂戴する→自販機荒らしをする→巡回中の婦警に見つかる、という見事なファニープレイを炸裂させた和藤は使用済み食器をシンクに並べ背を伸ばす。
小気味の良い音が関節より鳴り、報酬に見合っていない徒労感がのし掛かる。
当たり前と言えば当たり前だが、これまでアルバイトを行った事の無かった和藤にとっては堪えるものであった。
なみなみとカップ内に注がれた水道水を眺めながら溜め息を洩らす。
それだけでガス抜きになるとは思えないが深呼吸にも似た溜め息を試す。
「…店の方にまで響いてるよ。一応アンタのこと賃金で雇ってるんだからさ、も少し抑えてくれないかい?」
空気を肺へと思い切り吸い込んだ瞬間、背後より低めの女声が投げ掛けられる。
伊藤静江。
この喫茶店を切り盛りする女店主。
停学中フラフラと漂っている内にこの店に辿り着き、話している内にバイトとして雇ってもらうようになった。
気だるげな態度は客前だろうと一切崩さず、こうして注意を行っている今でも腕を組みながら壁にもたれ掛かっている。
「普段なら別に構わないんだけどね。今はお得意様が来てんだよ。そのガス噴射止められないなら外で休憩でもしてきておくれ。」
「お得意様…あぁ、あの花魁さんですか。どうにも徒労感には慣れてないみたいで、ちょっと外でガス抜きしてきますわ。」
このまま作業しようにも効率が悪い、リフレッシュを行った後に取り戻そう。
そう気持ちを切り替えた和藤は会釈するとエプロンを剥がし、外へと赴く。
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「(とは言っても基本的に働いたこと自体無かったからな。休憩って何すればいいんだ?)」
静江の提案通り息抜きがてら外に出たものの正直いって何をすれば良いか具体的な案が思い浮かばず歩き回る和藤。
視界の端に自販機や駐車中の無人車が映る度に良からぬ考えがよぎるが頭を振って分散させる。
店の方に迷惑を掛ける訳にもいかない、というのもあるがどちらといえばまたあの爆乳婦警の世話になるのが気に食わない。
損得勘定でいえば損なことばかり行っていた気もするがアレはアレで経験値になった気もする。
高校生・和藤拓という人間を形成してきたものを考えるとろくな経験値がない、というのもあるが。
普段から歩き慣れた歩道だけに自然と疲労感も薄れる。
「働くってのは存外しんどいものスな。」
軽口は霧散するように漏れだし、精神状態を落ち着かせるように湧き出る。
リフレッシュ効果の顕れか、軽口の他にも身体には変化が訪れる。
例えば足取りが軽くなるとか。
例えば溜め息が少なくなるとか。
例えば視界がクリアになるとか。
そうなれば見えてくるものも変わる。
歩道に隣接するように設置された家庭ゴミ廃棄場。
普段であればとっくに収集車が回収を済ませている筈だが本日は土曜日。回収時間の関係で未回収の家庭ゴミが山のように積まれたままになっている。
であっても、
少女が意識無く倒れ掛かっている理由にはならないだろう。
少女はククリナ。
月島望・天涯・和藤拓の物語はここから始まる。
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