神技(シンギ) 2015-12-06 05:44:43 ID:e387a492e |
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『ごめんなさい。いつだって私は貴方には助けられてばかりだったわね。貴方は片時も離れずこんなズルい私の側にいてくれて支え続けてくれた。本当に。本当にこの胸は感謝の気持ちでいっぱいよ?』
『ーーー!ーーーー!?ーーー!!ー!』
『そんな顔しないで?らしくないじゃない。貴方と歩んで来れたこと、こんな私を支え続けてくれたこと、貴方がーーーー』
ーーーーー私の憧れだったこと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「!?!?」
眼球に熱源を感じ、反射的に起き上がり周りを見渡す。
天井には一糸乱れぬ動きで回転を続ける空調ファン。店内に反響するクラシックの洋楽。仄かに香るコーヒー豆の匂い。
そんな情報が少しずつ体に染み渡ってくる。
脱脂綿に水滴を垂らしたように少しずつ。
「狂…兄?」
隣から聞こえた声を頼りに振り向くとがしゃどくろと比叉子が心配そうにこちらを見つめていた。
突然起き上がったことに驚き気を掛けさせてしまったらしい。
同時に頬や背中にヒヤリとした感触を感じ汗をかいていたことにも気付く。
なるほど、柄にもなく発汗していたことも原因らしい。
「酷い汗ですわ。どこか調子でも崩していまいまして?それとも何か悪い夢でも見まして?」
「いや、何でも無いよ。心配掛けてごめんね比叉子ちゃん。がしゃも気に止めさせてごめん。」
「突然倒れ込んだかと思うとこれだ。流石にナニカの疾患かと思ったけど大丈夫だったみたいだね。…ほら、水とタオル。とりあえず気持ちを落ち着けなさいな。」
がしゃどくろ達に謝罪していると座っていた椅子に対面になる位置、カウンターから店長の静江さんが冷水とタオルケットを差し出す。
少し訝しむような所作をしながらもホッと息を吐き出すと壁にもたれ掛かりながら腕を組む。
入店して前後の記憶が靄に掛かったように曖昧になっているが、多分そのあと悪い夢でも見ていたのだろう。
「夜宵さんと姉さん達は?一緒に来ていたと思うんだけど…。」
「夜宵さんと弥菜さん達は奥ですわ。何でもある人物の目撃情報を聞いているらしいですの。」
ある人物。
便宜上、姉さんがこの町に滞在している理由の一つ。
『紫季村悟』
姉さんの副職の同期であり絶命すべき害悪。屋村の奴より取り寄せた情報を元にこの町に不穏因子を残した台風の目。
そして……『大どくろ』の………。
プルルルルル…
思考を引き裂くように店内に鳴り響くコール音。
この中で携帯を扱う事が出来るのは僕以外の女性の3人と裏側にいる姉さん達。
姉さん達は壁を隔てて裏側にいる為、音の主ではない。静江さんは就業中なので携帯は音を発しないだろう。
となると、
「はいはーい。って、ああ稚里ちゃんじゃん。え?爆弾魔について?あー、この前立体駐車場が爆発したってニュースで言ってたけどその犯人かな。………今?今は比叉子も一緒だけど、あー今からねぇ。」
懐(胸元)より肋骨を象ったデザインのスマホを取り出すと通話し始めるがしゃどくろ。
どうやら会話相手は丘元稚里さんらしい。
話の内容を察する限り、二人とも呼び出されているらしいががしゃどくろは此方をチラチラと横目で見ながら狼狽していた。
冷水を少し口に含むと自分はもう大丈夫だとジェスチャーで比叉子ちゃんとがしゃどくろに伝える。
「(ありがとうございますわ。また後程様子を見に行きますので、ご療養くださいまし。)」
がしゃどくろと顔を合わせると算段を立て、そのあと扉から出る前に通話中のがしゃどくろに代わり頭を下げる比叉子ちゃん。
療養って、ちょっとうなされただけだから気に止めなくていいのに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
がしゃどくろ達が店を後にし、姉さん達も用事で出掛けてから数分。
アンニュイな雰囲気を醸し出しながらも店内を漂う洋楽の音を絞り口を開く静江さん。
「一応、お客と知人とでは違いをつけているんだけどね。これは知人に向けての解答だ。」
「『紫季村』って男のことは知らないけれどアンタが寝言で呟いていた『水彩教団』ってのは少しは聞いたことあるよ。何でも最近、この辺でも布教活動を行い始めた宗教団って話じゃないか。」
そんなことまで口走っていたのか。
睡眠中という無意識の中だとしても自分の容易さには舌を巻くレベルだ。
夕陽が強くなり店内の照明をより憚らせ、雰囲気を変えつつある喫茶店。そんな美的感性を刺激するような空間の中、二つの影は背を伸ばし。
「詳細を省き話せる部分だけ話しますとその教団には姉さん達とは別に私的な怨嗟があるといった感じです。」
「あまり穏やかな雰囲気じゃないわね。それはこの前来てたリクルートスーツの男も一枚噛んでるのかい?」
「直接は関わってはいないのですが最終的な部分では絡んでいる感じです。DNAの二重螺旋構造みたいなものである程度は重なっている、といったら分かりやすいですね。」
詮索は避けながらもざっとした大まかな説明のみをし、タオルケットで首もとを冷やす。
落ち着いた筈なのに身体にくぐもった熱が未だに冷えない。
いや、もしかしたらこの熱はずっと僕の中でチリチリと燃え続けていたのかも知れない。
硝子玉を少しずつ溶かしていくような絶妙な温度。突然、燃え盛ることもせずただただ熔解を続ける篝火。
そう、きっとこの篝火は『湖』で彼女を失った日からずっと消えていなかったのだろう。
消化できず位置を知らすように発煙を上げ、焦土を拡げる。
この熱源が留まりを覚えた刻ーーーーーー。
其の刻こそが清水を身に浴びる刻なのだろう。
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