かっぱ 2015-10-08 14:54:24 |
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(仮定の話をするとして、己が彼の立場である。見目麗しき容貌を持ち教養も嗜んでいる、他ならない家柄に産まれ生涯の伴侶も決まっている。謂わば、安心安全で不安など影も差さない環境で生きてきたにも関わらず、幽霊屋敷に住まう得体の知れない世辞にも醜悪としか言い難い見目の奇人と名高い酒漬けの老い耄れ小説家に色目で見られていると聞けば堪ったものじゃない。これまでに読んだどんな書の数多の登場人物の中で一番不遇で恐ろしい経験になることだ。__それを、彼は逃げるでも暴れるでもなく壁に押し付けられたまま脅し掛けているのは己の筈なのに精神ばかりは追い詰められる様に沈黙が流れる。緊迫に振動する心臓は勢い強く中身の伽藍たる肋骨を折ってしまいそうだ。触れる手の平には幼さなど見えず、力強い男性的に変化していた。憎らしい程に美しく、説明のつかない恋慕に身を焦がし……壁に這わせた手の爪が割れる、パキリと音を立て端から亀裂が入り深爪になる。唐突に順応できず、我が身厭わず体が強張り力強く爪を立てたのが原因だ。愈々、今のこれは過去を捨てきれない己が飲み込んだ錠剤の副作用で見ている希望的夢と言われる方が現実と認めるより納得が行く、角度を変えて衰えた肺に酸素を送ってから再び口付けを交わして抱き寄せる。抱き寄せる間際"好きだ"と三文字分の言葉を音無く唇の動きで零してしまい、慌てる様に顔を背けてから"さらり"と指馴染みの良い髪越しの後頭部に手を当てて、骨骨しい己の肩口へ。)
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