かっぱ 2015-10-08 14:54:24 |
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(手にした学帽はまるで時間を埋め取り戻すように持ち主の元に帰って行く。″そんなもの″でないから、彼の面影を残す帽子がショーケースに存在を置いていたと知っての上の癖して語るのだとしたらタチが悪い。良い性格をしていると嫌味のひとつでも宣うてやろう、薄い唇を薄らと開いた所で学帽を被る途端にあの日々を色濃く思い出して言葉を綴れずに。射抜かれたのは記憶だけじゃなく、心の臓を止めてしまう程成長し艶を持った彼が己の中の思い出に触れると禁断を手にしたように思考が止まり。手持ち無沙汰に指先を猫の手のように丸めて力の入らない握りこぶしを作り上げると、今度はその手を取られて我に返る。リアリスト、現実主義、己はどちらと言えばそれらに属すると自負が出来る。有りもしない戯言を信じる言葉は出来ない、勇気のない腑抜け者だ。手を伸ばす事が罪である、身分違いなんて簡単な枠には収まらない。己にとっては憧憬の全て、その彼が迎えに来たと語れば現実味は薄く。真っ直ぐに見据えるその眼を見てしまえば意見は言えないとばかりに被さる学帽のツバを落とすように触れて目深に被せてから「坊ちゃんが此処を覚えてただけで十分だ。__忘れ物は之だけ、もう頼むから」会いたいと言われて俺もと答えられれば何と簡単か、まるで愛でも語っているように聞こえるのは己が彼に今も尚掠れることなく不純な恋慕を抱いているからなのだと言い聞かせ、「ここの事は忘れてくれねぇか」顔を隠したのは目を見ては嘘も付けない、心にもない事を言うのは存外胸を痛めるのだと初めて知る。ツバに触れさせた指先を落として、彼の正常を願う。「下手に読むから思い出が美化されちまう。……今の此の世、文字書きなんざ掃いて捨てるほど有り余ってるだろ」あんに、己の本を読むなどでも言うように語るのはそうでもしなければ己が彼を離れられないからで、息苦しい圧迫感を喉に覚えながら苦し紛れと心を鬼にし呟いて)
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