土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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「天馬さんはご自分の強運を認識していなんだと、別宮さんは言っていました。そう、こんな風に。……だって、天馬君は中途半端だから」
結城が痙攣のように笑う。明らかに葉子の模倣(ミミック)だ。真顔に戻って、続ける。
「天馬さんのドジで、お二人の初デートが中止になった時、別宮さんは震え上がったそうです。ドライブの予定先が集中豪雨で土砂崩れを起こし、車が何台も生き埋めになった。逆算すると、土砂崩れの時そこを走っていてもおかしくなかったとか」
知らなかった。あの後僕は腫れあがった顔でフテ寝して、二日間ニュースも見なかった。
「駅のホームで壺を壊して十万円の借金を背負った時は、割りのいいバイトがダメになったそうですね。実はそのバイトは学生名義で借金をさせ上前をかっぱく悪質な詐欺バイトで、社会問題にもなりました。もし関わっていたら五百万円以上の借金を押しつけられたはず。下手したら詐欺罪にも問われます。その時は、別宮さんは天馬さんと冷戦状態で言えなかったんだとか」
結城は、尊敬のまなざしで僕を見る。
「極めつけはご両親の事故です。墓参り当日、具合が悪くなったあなたはひとり留守番をした。同じ和菓子を召し上がったのに、あなただけがお腹をこわした。その後ご両親の車は居眠り運転の高倉のトラックと正面衝突して亡くなった……。天馬さん、あなたは稀に見る強い守護星に守られているんです」
思い出した。その和菓子は葉子の家からのおすそ分けだった。そのお礼に僕は、仄暗い碧翠院の境内で葉子にアリグモの話をして、思い切り冷ややかな眼で見られてしまったのだ。両親の葬式の時、葉子がしおらしくしていたのは、僕の腹痛の原因がその和菓子だと聞かされていたからだ。今日まで思い出すこともなかった。ささやかな事実。
ようやく僕は真実を知った。葉子こそ光と影を入れ替えてくれる、僕の女神だった。
刺だらけの血塗れヒイラギが護っていたのは、時風新報桜宮支所だけではなかった。
海堂尊『螺鈿迷宮』三十五章 螺鈿の闇と光の中で 本文 天馬大吉 結城 より
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