土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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「トクは立派だった。今朝、解剖させていただいたが、身体中身癌だらけだった。悪いところは全部とってしまったから痛むことはないだろう。トク、ゆっくり眠れ」
巌雄の言葉は、百万遍の読経より心に響いた。僕は瞑目した。美智が噛みつく。
「ジィさん、戯言をぬかすんじゃねえ。立派な死なんてありゃあせん。死んだら負けじゃ。トクは立派じゃねえ。負けたんじゃ。ワシは絶対負けんぞ」
巌雄は、美智を見つめる。
「大した婆さんだよ。薔薇の知らせに逆らって生き延びているのは、あんただけだ」
「大したことじゃねえ。あっちへは行きたくないから行かねえって言っただけじゃ」
「それだけ大したことなんだよ。婆さんは、桜宮最高のクソッタレさ」
巌雄はじっと美智を見つめる。
「生きるも地獄、死ぬも地獄……死ぬも極楽、生きるも極楽、どっちにしても同じこと」
巌雄の言葉に美智は答えず、棺を睨みつけて言う。
「トク、ジンジョーセーユーゼーはお前にやる。どこぞでも好きなところへ持っていけ。この根性なしめ」
海堂尊『螺鈿迷宮』十八章 煙と骨 本文 天馬大吉 高原美智 桜宮巌雄 より
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